2014年2月9日日曜日

地層に見られる模様 その4  地層中の丸い塊は何?

    地層中の丸い塊は何?

時々、砂や泥などの地層の中に、丸い塊が見られることがあります。
「そんなの礫(丸い石)が転がり込んだので、何の不思議もない」と思うかもしれません。
でも、よく考えると変です。丸い石が転がり込む場所(それなり強い水の流れのある場所)に、一緒に細かな砂や泥がたまるでしょうか・・・・・泥や細かい砂の地層の中に石ころがぽつぽつと混じるというのは、少しおかしい・・・
じつは、丸い石ころと見えるものは、小石ではなかったのです。
下の写真をご覧ください。真ん中付近にある数個の丸いものが、ノジュールと呼ばれるかたまりです。


秩父31番札所  ラミナの目立つ砂岩層の中にノジュールが見られる

<タイプ1> 
ノジュール(結核・コンクリーション・団塊などともよぶ)

もともとはなかったのに、時間がたつにつれて地層中にできた塊
中に化石が見つかることがあり、化石採集をする人にはよく知られています。
水上町合瀬(かっせ)でみられたノジュール
火山灰質の地層の中に丸い塊がたくさんありました

石灰分が集まって
きた固い塊で
丸い球状のものが
印象的。
でも他の形のものも
あるといいます。
大きさもさまざま

集まる化学成分には他にもいろいろあるといいます。石灰分のものが目に触れることが多いような気がしますが。
他には、鉄分,ケイ酸分、そういえば深海にはマンガンノジュールというのが転がっているとか。これをさらって集めれば、マンガンを採掘できそうですが、なにぶん深い海の底の話、簡単に実現するわけはない・・
泥が舞い上がって環境問題にもなるでしょうし。


 <下仁田で見られたもの>
西牧川岸 下仁田層で化石採集して
いたら、小さな丸っこい玉が転がり出てきました  
下仁田でみつけたノジュール 


<タイプ2> 
 火山豆石(まめいし)
 
火山噴火が関係して、火山灰の丸い塊ができることがあります。
    例は少なめ。大きさもそれほど大きくなりません。

下仁田周辺では、2カ所で見つかっています。
①富岡の丘陵で 富岡層群の中に見られます
②本宿地域で 本宿層中にみられます



どうやってできたの?
火山噴火の噴煙の中で、気流の乱高下で火山灰が集まるといわれます。積乱雲の中で(ひょう)ができる仕組みが連想されます。あるいは、積もった火山灰の中に雨水滴が落ちてできたのではとも言われるようです。ちゃんとわかっていないのかなあ・・・

というわけで、今でも火山噴火の時、丸い粒ができることがあるはず。それが地層中にうずもれて、さらに私たちの目に触れるということは、どちらかというと、まれなことのように思えます。激しい火山活動があったのだろうな、と、想像はされますが。
本宿層の火山豆石

















<タイプ3>
 風化でできる丸い形


大桁山の登山道に,丸いかたまりが転がっていました。












安山岩が風化して,こんなふうになりました。そういえば以前、大桁山で拾った楕円形の塊が、まるで恐竜の卵のようにみえて、みんなでおもしろがったことがあったなあ・・
雨風にさらされているうちに、こうして風化して砕けていくわけです。
タマネギの皮をむくように丸くむけて砕けていくものを玉ねぎ状風化と呼んでいます。砂岩や泥岩にしばしば見られますが、写真が手元になかった・・・残念!何度も見たことある気がするのですけど・・・なかなかおもしろい形になるので、ネット検索で写真をみていただけたら・・・・写真がたくさん載っています。

富岡層群の牛伏砂岩層、縦横斜めに割れ目(節理)が入っている

タマネギのように風化する仕組みの解説ものっていました。それで、少し解説を。
左の写真のように、節理の入った地層では、この割れ目に沿って雨水、地下水がはいりこみ、岩石は粘土化し軟らかくなっていく。さらに熱・凍結・乾燥などで膨張収縮をくりかえし、剥離していく・・・こんな繰り返しでタマネギ状風化ができていくようです。





  岩石はやがて砕けて、砂や泥になっていきます。

ついでなので他の風化の様子をのせます


泥岩の風化の様子です。
泥岩はこまかく割れていきます。
 
写真はみなかみ町湯宿の川原ですが、
こういった風化は、普通にどこでも観察できます。


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先日、下仁田で写真のような実をもらいました。丸くふくれ少し透き通った感じの飴色のもの。
落ちているのを見ると拾いたくなる!!

割ると中から真っ黒い種が転がりでます・・・ご存知の方もいらっしゃるかと(でも知っている人
は少ないかも)。ムクロジの実です。
これをいただいた数日後、近所の方からもいただきました。神社に節分の行事で出かけ、落
ちていたのを拾ってきたとか。しかも物知りの年配の方に、この実についての話を、いろいろと
教わってきたそうです。 


 この実を見つけるなら、神社かお寺に行くにかぎります。もともと日本には自生していないもので、こんな場所にしばしば植えてあるので。

   黒い種に鳥の羽をさして、羽子板でつく正月の遊び、「はねつき」の羽根にしました。もっとも、最近は、はねつきって何?といわれそう。 

泡がたつかな・・・

   


もうひとつ、この実の利用価値は、かつてこの実を
石けんとして利用したという話。サポニンという成分を含みます。


子供の頃に、泡がたつか、などと実をつぶして遊んだことが,
記憶の底から転がり出てきました。あれはムクロジだった
のか、エゴノキだったのか。・・・ネットで見ると、ムクロジが
オーガニック材料として販売までされている!水に入れて
みたけれど、洗濯するまでいきそうもないなあ・・・
今の洗剤のありがたさを思っています。

戦争当時だったか戦後すぐのころだったか、石けんが手に
入らなくなり、入手できたときは本当にありがたかったと,
父が言っていたのを思い出します。

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今では、洗濯機にぽんと汚れ物を入れれば、きれいになって、すすぎ、脱水までしてくれる。
でも、これ、人類の歴史から見ると、本当に最近のこと。
今88歳の方の言っていた言葉が忘れられません。
「電気洗濯機を発明してくれた人にはノーベル賞をあげたいと思った」。
小学校の先生をしながら三人の子供を育てたこの方には、洗濯の負担は、そうとうのもの
だったでしょう。私の母は、私のおむつを手洗いで洗ってくれたのだと、あらためて感謝したもの
です。ゴム手袋もない時代、農家の主婦は朝早くから井戸水で手を赤くしながら洗濯したはずで
す。
地下水温はほぼその地域の平均気温ですから、玉村あたりなら15℃程度。冬暖かく夏冷たく感
じるとはいえ、それで水仕事をするのは楽ではありません。

だいぶ昔、石けんについてしらべたことがありました。子供向け本に載っていた記述に仰天しま
した。2000年ほど前のこと、ローマでは腐らせた尿を洗濯に使った、と。街角に桶を置き
通行人の尿を集めるのが洗濯屋の権利。この尿を腐らせ、尿からできるアンモニアが汚れを
落とすというのです。尿、さらにアンモニア・・少しでも理科を勉強した人なら、あの強烈な刺激
臭を思い出して、信じがたい思いをが強まるわけ。アルカリが汚れを分解してくれるわけなのですが・・・

中世ヨーロッパでは、服はたびたび洗濯できないような重いもので、あまり洗濯もしなかった
 ようです。ノミ・シラミも多い・・・(でも,私の子供の頃には、まだノミがいました。シラミは見たこと
ありませんけど)。日本の衣服事情はどうだったのかなあ・・・
16世紀になって、毛織物工業が栄えた時代、石けんは織物の仕上げに使われるために盛んに
作られるようになったそうですが、洗濯になんて使われたのかどうか・・・
 昔は石けんというのは貴重品で、ほとんど洗濯にはつかわれず、洗濯には灰や白土という土
などが利用されていたようです。洗濯は川へ行って踏み洗い、棒でつつくなど・・・。大きな鍋で煮
ている映像も見たことがありますが、ごく最近まで今こんなことがおこなわれていたということでし
ょうか。殺菌消毒したということなのでしょう。
18世紀から19世紀、産業革命の頃は「洗濯女」という職業もふえ、下層階級の仕事とされてい
たと思います。朝から晩まで,汚れ物と格闘していた重労働・・・
猫は自分の体をきれいになめています。人間は,衣類を着ので、誰かが衣類をきれいにしな
ければならない生き物になっている・・・

歴史のかなたの話と思われそうなので、今の話を。
ユニセフで手洗いキャンペーンを進めているニュースを見ました。学校で手を洗うことを教え、
子供を通して,親、地域にも手洗い習慣を広める・・石けんで手を洗うだけで、病気を減らせる,
子供の死亡率を減らせる・・・・中世の衛生状態を「昔はなんとまあ・・・」などと言っている場合
じゃないわけ。
世界では三人に一人がトイレのない生活をしている,11億人は屋外排泄していると言うので
。ちょっと信じられない数字。
子供の死亡原因の上位に、「下痢」があります。これ、きれいな水とせっけんによる手洗いで相当減らせるものなのです。

日本人はきれい好きといわれますが、ムクロジもそんな生活に貢献してきたかも。
今の日本ではやたらと衛生関連のグッズがありますが、まだ石けんの使用を広めねばならない地域がたくさんあることも知るべきと思いました。

公衆衛生の発展のおかげで、どんなに多くの命が救われたことか。石けんはそれに多大に貢献というわけで、今の日本の衛生的環境には感謝です。
かつてはムクロジにも,もしかしたら,感謝していた人たちがいたのかもしれません。
  

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