2014年11月30日日曜日

地質案内 その2 はねこし峡付近


地質案内 鏑川本流   下仁田駅から東へ  川の流れに沿って・・岩渕橋まで
                                 図の赤丸地域の解説です
  
みどころは
①<はねこし峡と その対岸・岩山>
        右図の2つの赤丸のうちの、下の部分です

ここは中央構造線の通っている場所です。
でも、中央構造線(断層)は直接は見られません。(昔はみられたそうですが、
川の流れの変化で、見えなくなってしまった。
 またいつか、顔を出してくれるかな・・)


<石渕橋> 赤丸のうち、上の丸の部分です
  中央構造線の北側に分布している特徴のある礫岩が見られます。はねこし峡と同じ礫岩で名前は 神農原礫岩(かのはられきがん)。
道から川を見おろすことになります。
 
  
     
まずは<岩山・はねこし峡>
下の案内図のⅡ(岩山・はねこし峡)の解説をのせます。
なお案内図のⅠ(青岩)は前回紹介しました(前回、うっかりして青岩の解説文を一部しか掲載してありませんでした。スミマセン。前回のページに、解説を追加しておきました。)

「岩山付近」の案内です
 神野原礫岩の写真。解説図のポイント⑤です。 
 
 

 左写真は、解説図のポイント①部分に見られる石灰岩と結晶片岩からできた岩体です。
白い石灰岩と青い結晶片岩が入り交じっています。古い時代の岩石です。(こんな顔つきもあるんだ・・・)

この場所、道がついているわけでなく、繁った草をかき分ける覚悟で到達。秋はチクチクくっつく草の実(センダングサ)に悩ませられました・・・
上図で下の方の「駐車」と書いているところから川原に下ります。コンクリートで固めた作業道が川に向かってできていますが、すぐに草の茂る場所になります。          


同じ場所の岩石の一部です。白い部分が石灰岩です。                 →



下の写真 ↓
手前の白い岩体は石灰岩と結晶片岩。
奥に見える茶色の部分・普通の地面に見える場所は、下仁田層の礫岩です。ここは解説図のポイント③です。
この礫岩は、この場所では少しだけしか分布していません。
近づいてよく見ると、神農原礫岩と違う顔つきの礫岩だとわかります。




手前の石灰岩・結晶片岩の岩体と、奥の下仁田層との間に、中央構造線が通っているはずです。ですが、断層は、ここでは見ることはできません
写真の、水がたまっているあたりに断層があるのかな・・・・?





        

   



          下仁田層の礫岩 →
  

礫に黒色泥岩が多く、安山岩の礫も。
それに対し神農原礫岩はピンク色がかった、かこう岩に近い仲間の石英斑岩が圧倒的に多い礫岩です。
     でも、慣れないと、「礫岩」だから、同じ
     と思ってしまうかも。


  
<下仁田層>
中央構造線の北側に分布している砂岩や礫岩の層です。約2000万年前の、少し冷たい海に堆積したことが、みつかる化石からわかります。
   化石は、下仁田駅の少し西の、西牧川の川原で
   観察できます。
下仁田層の礫岩と神農原礫岩の関係は??
図の中の④の不整合というのですが、どれだか、ちょっとわかりにくいですね・・・だいいち、はるか昔、理科の時間に出てきたかもしれない「不整合」というのがよくわからない人の方が多いかも。
                                         <不整合>                                                                                                
①海の中で堆積した地層Aが隆起して陸になり、陸上部分は削られる 
②その後沈降してまた海の底になり、そこに地層Bが堆積 
③再び隆起して、目の前に見えたAとBの境目・・・これが不整合面

大まかに解説すればこんな感じでしょうか。ですから
この境目の間には、大地が上昇したり下降したりの大事件と長い時間の境目があるわけになります。

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左写真の真ん中あたり、縦方向を境に何だか礫の種類が違う感じがしませんか。ここが不整合面かな・・・でも、「なーんだ、礫の様子が少し違うだけじゃないか」と言われそう。解説をすれば、左側の下仁田層が約2000万年前に海に堆積した地層、右の神農原礫岩の堆積した年代はわかっていませんが・・・
   
(地層の年代は、基本的には化石で決めていきますが、礫のゴロゴロしたこの地層で化石が見つかるのは、なかなか困難・・礫をつくる花崗斑岩は8500万年前にできたと測定されていますから、これより後ということはたしかですが。)
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 *下仁田層の部分を「下仁田層」ではないという説もあります。この場合、不整合は成り立たないことになります・・・・・・
このように意見が分かれ、違った説明がされる例は、ごく普通にあります。下仁田地域でも、異なった説の出されている例は、たくさんあるのです。
自然はなかなか難しい・・・・わからないことがたくさんあるわけです。
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ポイント⑥は 「はねこし峡」とよばれる景勝地。昔は 岩の上にあずまやがあったりして観光利用していたそうです。一部をプールのようにして、水遊びもしたらしい。
  今まで広かった鏑川の川原が、神農原礫岩の分布するこの場所で狭まっています。
 




峡谷は神農原礫岩からできています。

ひび割れだらけの礫→



礫が切れて、ずれている↓













ずれ礫といって、神農原礫岩に特徴的。こういう礫のみられる場所は全国でもたくさんはありません。


ここでは、大きなポットホールも見られます。
くぼみにはいった石が、川の流れでゴロゴロ回転し、岩に丸い穴を削ったものです。

 



穴には水がたまっていました。だいぶ深そう・・・ポンプを持ってきて、水をぬいてみました。
   (大仕事でした・・・・)

このポットホールは、直径2m×3m
        深さ 2.5m以上 

           写真 本多優二さん 




 
 

この穴、川の流れる面から8mも上の岩の上にありました。
川原からはしごをかけて、やっと登りました・・・

 
昔、こんな高いところに、川の水が流れていたのですね・・・・川の削る力が強くなって、どんどん削って、川原が低い所になった。
どうして削る力が強くなった? 地面が持ち上がったのかなあ・・

下の写真で川からの高さの感じを
つかんでいただけるでしょうか・・・
白い矢印のあたりです。                                 
 写真 本優二さん
                                                  






















<石渕橋付近>

神農原礫岩観察の最適地と書かれていますが、川辺にまで下りられなく、現在は礫岩の観察に向く場所ではないかも。以前はきれいなずれ礫がよく見えたそうですが、今は川の流れの変化で、見えませんので・・・(なお、この資料は2006年作成のものです)
              



石淵橋から遠望した神農原の崖礫岩



                                    

2014年11月22日土曜日

下仁田地質案内 その1 青岩公園付近

ルートに沿って下仁田の地質案内  
             歩いて書いた、下仁田自然学校作成の資料あれこれ  
     

下仁田自然学校では、開校からこれまでの間、何度も地質見学会を開いてきました。
その折、ルートに沿って地質の解説プリントを作ったりもしました。また、解説を小さなパンフにまとめたこともありました。

そんな印刷物をここに紹介しようかと思い立ちました。
そのままスキャナーで取り込むと、図も文字も、あまりぱっとしないので、作成された方々は嫌がるかもしれませんが、目をつむってください・・・
 地質ポイントの説明を手に歩いてみたら、大地に書かれた「言葉」が読み取れるかもしれません。


 
案内冊子は2003年から2006年にかけて作られたものです。


案内プリント
群馬の大地 より


そういえば、下仁田地域の地質の全体像を描いた図がありました。名誉校長の野村さんが監修した本にのせられたものです。
色別に、まるっきり性格の違う地質が分布していて、ずいぶん複雑です。下仁田の地質は複雑なんだーーー
各部分の説明はこのブログの以下のページに。

https://geoharumi.blogspot.com/b/post-preview?token=1Np200kBAAA.a-OaeZq0Yobkomtmt3eJqA.6dJhXADeybkHWlMZdJVJxw&postId=905276451483144859&type=POST

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下図も地質全体図です。
色鉛筆で色塗りをしたのですが、上に紹介した図と,色が違いました。ご勘弁を。
  (まだらな色塗りなのは,ひとえに私の責任です)

下の表で、だいたいいつの時代にできた岩石か、書かれてあります。
三波川結晶片岩の時代がありませんね。あれこれ言われるようで、はっきりわかりませんが、もともとの岩石はジュラ紀の海底火山の石だったりで、それが白亜紀の8000万年前とか、1億~7000万年前といった時代に変成用をうけて,変成岩になったようです。
 
 

では,ルートに沿った案内です。
最初の案内は お馴染み、青岩公園です。上図の赤い楕円付近になります。
           

さらに、「大北野ー岩山断層」 付近へ行って見ましょう。 この断層は 「川井の断層」 と呼ばれていますが、日本列島に延々と続く「中央構造線」の一部だと言われています。
きれいな彫り物のある諏訪神社とは川を隔てた場所に見られます。関東地方では中央構造線の見られる場所はあまりありません。ここが関東でいちばんきれいに見られる場所かもしれません。
 
断層の所で岩石が変わっていて、色が違ってみられます。手前は下仁田層。表面に貝化石がみつかります。
 

正面付近が断層です
 こんな解説を手に、大地の語る言葉に耳を傾けるというは、いかがでしょうか。
 
 
季節の便り
 ーーー 庭先の木の花ーーーー
 
玄関先のヒイラギが花をつけています。近くを通りかかると、芳香にふっと振り向いてしまいます。
キンモクセイほど強くはない香で,香りも花色も奥ゆかしい。魔除けの木 です。
これはヒイラギモクセイかもしれません。庭にはよく植えられるそうですから。ヒイラギとギンモクセイの雑種で、葉のトゲトゲが少し緩やかだそうです。
 
ヤツデもまるい花をいっぱいにつけています。
花には,ハチやアブ(多分)が集まっています。
花の房にそっと顔をうずめると、粉っぽい香りの中に,のどかな羽音がしてきます。
     日だまりののどかさを感じるころ、冬まぢかです。
 
   

2014年11月16日日曜日

草花遊び 下仁田の御嶽山

草花遊び

紅葉が平野部まで下りてきました。イチョウが色づきはじめています。
イチョウの葉っぱの遊び、子どもたちにとても人気があったので、もう一度紹介。


  ちっちゃなウサギ・・・・・ネズミ?
      作り方
切れ込みを入れて、小さな穴を開けて、軸を差し込んで、マジックで目を書いたら完成。

簡単に、すぐできます。
軸をひっぱると、耳がひょこひょこ動きます。



お面づくりのメモです


 このときはハクモクレンの葉っぱを使いましたが、大きければ何でもOK。 御岳山なら、ホウノキの葉もいいですね。
輪ゴムを耳にかけます。
 写真、とっておかなかったなあ・・・・
  



その他、葉っぱを並べて絵を描いたり、
松ぼっくりの人形は定番ですね。

寒くなると白い小さな花をつけ、さわやかに
芳香を漂わせるのがヒイラギ。漢字では「柊」。
葉っぱにフーッと息をかけて、くるくる回したこと、ありますか?
魔除けの木とかで、庭に植えました。





クリスマス近くなってきたので、やっぱりリースを
のせましょう。













ブドウのツルをくるくる丸め、金や銀のスプレーをかけた松ぼっくりに細い針金をつけて、ブドウツルにとめていきます。大きさ順に,大中小のリースです。小さいのは片手にのるくらい。これはブドウのツルではなく、シュロ縄や麻縄で丸い形を作りました。
いろいろな大きさ、形の松ぼっくりを集めておくといいですね。
       (写真は我が家でホコリをかぶっていたものですが・・)


下仁田の御嶽山(おんたけさん)
  
 歌でも有名な「木曽の御嶽山」は噴火ですっかり有名になりました。今回の噴火で、この難しい漢字を読めるようになった人も多いかと思います。

 ところで下仁田にも御嶽山があります。
市街地のすぐ南にあり、地質学的にはクリッペ(根なし山)でもあり、気軽にハイキングする山でもあります。登ると、途中、いくつも石仏があります。江戸時代、皆さんが競って石仏をつくったようです。御嶽信仰という機運があったとのこと。どうやら信仰の山でもあったようです。
下仁田ばかりでなく、各地に御嶽山があります。皆さんの近くにも、「御嶽山」があるかもしれません。

御嶽は、地質の紹介ではいつも「御岳」と書いてきました。
写真は市街地から見た御岳。下仁田でのクリッペ(根なし山)の紹介の時、いつも話に取り上げられる山です。
 
山の中腹にひかれた細いハチマキのような黄色い線を境に
岩石が違います下が結晶岩、
  上が砂岩・礫岩の地層

地形も,ちょっと違っています。上は斜面が急になっています。
境目は断層で、上の砂岩・礫岩層(跡倉層)が、どこからか横滑りしてきたクリッペ(根なし山)になっています。

写真手前は鏑川にある青岩公園で、岩石は結晶片岩(御荷鉾緑色岩)です。結晶片岩の上に,ちょこんと跡倉層の砂岩が乗っているがわかります。



11月15日、この山へのジオツアー(地質ハイキング)に参加してきました。


秋晴の気持ちのよい日、落ち葉がつもり、コナラやシデなどが葉の色を薄い黄色や茶色に変え、秋の明るい林の世界を見せていました。どこにでもありそうな、でも、とても魅力的な落葉広葉樹の世界です。

山頂にはほこらと、それに寄り添ってイノシシの像が安置されていました。イノシシも神様かな?イノシシは豚のもとといいますが、たしかに,ブタみたい。「足がなければマグロだ」との声も。

周囲は明るい林。乾いて栄養分のあまりなさそうな尾根筋の道はミツバツツジに囲まれています。花の咲くころもステキでしょうね。

山頂から見おろすと、植林地の緑が目立ちます。杉やヒノキの林です。秋になって葉の色を変えている広葉樹の林と入り交じっています。
古くから開かれてきた地域ですから、広く利用されてきたわけでしょう。


中央遠くのぎざぎざした山が妙義山、その右手前のどっしりした山は大桁山。左手には浅間山の裾が見えています。下の家並は下仁田町。この写真より右手に,榛名山・赤城山や県庁の建物も見えていました。



登山道の途中には、こんなかわいいキツネもありました。
もっと大きな石像などもあったのですが、写真を撮ってきませんでした・・・・



だいぶい以前、下仁田自然学校でここをハイキングした時作った解説資料を紹介します。登山の時のご参考に。
2枚を左右にくっつけて見てください。
 作成は当時の運営委員(現運営顧問)の堀越武男さん


 


落葉広葉樹林に育つ様々な木々・草花も紹介されています。参考にしていただけましたら。

秋の林は落葉もはじまり、明るく、道脇には低木のクロモジも黄葉していました。この木で和菓子用の高級ようじを作ります。枝や葉に傷をつけたりもんだりすると,とてもよい香りがして、人気があります。目を留めてみませんか・・・(写真を撮ってきませんでした・・・)


この資料では書かれてありませんが、コースのスタート付近、ほたる山公園管理事務所付近の登山道では,少し違った種類の木も混じってはえています。
色づいていない,緑の葉っぱの木(植林された杉や檜はのぞきます)、シラカシの木です(ドングリのなる木の一種)。シロダモもあります。
これらの木は冬になっても葉は落ちず緑のままです。常緑広葉樹とよばれます。
今の時期は、「紅葉・黄葉した落葉広葉樹」と「緑の常緑広葉樹」が、簡単にはっきり区別できます。
 足元を見ると,写真のような赤い実の小さな木もあります。ヤブコウジです。お茶の木もはえ、花も咲いています。

     
 ←ヤブコウジ
     

お茶の花
中国原産
以前、下仁田でも

栽培していました


シラカシ・シロダモ・ヤブコウジ・お茶   そしてツバキ

これらは,常緑広葉樹林(照葉樹林)と呼ばれる植生に育つ植物です。
右図で見るように、少し暖かめの地域の植物たちです。
下仁田はこの植物たちの育つぎりぎりの地域になります。

御岳では、この植物たち、登山口付近では見られますが、少し登ると,見られなくなります。
少し寒すぎるのでしょう。ですから山頂にはお茶の木もヤブコウジも、シラカシもはえていません。垂直方向の植物の変化になります。

御岳の登山道には、どうやら、育つ植物の種類の境目もありそうです。

地質の境目 ・ 植生の境目
2つの境目のある山、御岳  といえそう・・・
     どちらの境目も、同じ付近に引けそうです