2017年7月25日火曜日

尾瀬を訪ねました

暑さの日は山へ  空気さわやか

尾瀬ヶ原に行ってきました。月並みな写真ですが ちょっと紹介。
至仏山が間近に。 蛇紋岩の山で、独特の植物が育ちます。
登山道が踏みつけで荒れ、対策に苦慮しています。


7月22日、晴れてさわやかな日でした。暑いくらい。
周囲の山々もクッキリと。

夏の午後は定番の夕立。雨の前に、まさに滑り込みセーフで車に乗り込みました。運がよかった。

燧ケ岳 池塘に映る姿も見えました。
たまにはきれいな自然の中に出かけると、日々を心穏やかに過ごせると思いませんか。

黄色のニッコウキスゲ目当ての方も多いのでしょうが・・ですが、写真で見るように、目に入らないほど、わずか。周年変化で咲かなかったか、はたまた、シカの食害か。とはいえ、美しい自然が広がります。
。。。。。。。。

「優れた自然」という言葉があります。人が手をつけずに守るべき自然、そう、尾瀬に代表される自然。

 「夏が来れば思い出す
  はるかな尾瀬 遠い空
  ・・・」
 
ニッコウキスゲ
 幼いころ”夏の思い出”というこの歌を覚えて以来、尾瀬はあこがれの場所になりました。でもそれは「はるかな」場所でした。
 高校生の時、学校主催で、夏休みに希望者を尾瀬に連れて行くという話を聞き、夢かと喜びました。まだ、親が子供を連れてあちこち連れていくなんていうことなんて、ほとんどない時代でした。
トキソウ 小さなラン

 

 ニッコウキスゲ満開の時、それは本当に素晴らしい経験でした。
サワラン これも小さなラン
アサヒランともいい、  
高校生の時、この名前で教わった
 大清水から尾瀬沼への道、周囲の針葉樹から垂れ下がるサルオガセの姿も珍しく、たどり着いた湿原の美しさは、尾瀬沼のある大江湿原も、さらに尾瀬ヶ原も、こういうのを「優れた自然」というのだと誰もが認めるレベルのもの。さらに尾瀬の調査に参加している先生などから、そこに育つ植物について、また湿原の作り、でき方について、科学の目で見ることを教わったのです。

 生物の先生が「実物を見なければいけない」と主張され、実現した企画だったと聞きました。前年に赴任された先生で、この年が第1回目の見学会だったと、後で知りました。大型バス何台かで行ったと思います。

ワタスゲ
サギスゲというのもあるんだよというと、へえーと。
ちっとも気づかなかった、と、皆さん喜んでいました。
サギスゲ
 尾瀬は日本の自然保護運動発祥の地ともいわれます。
当時も尾瀬はその保護が問題になっていました。そのころの尾瀬では、踏みつけで傷んでしまった湿原を回復できないかと、スゲを植えている場所もあり、木道からそんな場所も眺めました。尾瀬沼では、走らせていた船を、油が流れたりすることなどから廃止したという話を聞きました。ここよりもっと美しかったというアヤメ平が、踏みつけで今では行っても仕方がないような場所となってしまったというのにびっくり。尾瀬入り口の大清水では、道路建設工事で木がずいぶん切られてしまったと聞きました。
ハッチョウトンボ
10円玉くらいの小さなトンボ
アブと間違いそう!しかも、気づかない。
群馬で見られる場所はわずか

ナガバノモウセンゴケ 
尾瀬と北海道サロベツ原野にしか自生しません
普通のモウセンゴケの葉は丸いですね。
モウセンゴケの花って、知ってました?
教えたら、一緒に行った人たち、大喜びしてました。
スーッと長く伸びた茎の先に咲くと、
モウセンゴケとはわからないのです













               大江湿原には長蔵小屋を開いた平野家のお墓があります。
こんなところにお墓があるなあなんて見ていたら、ヤナギランのお墓に眠る長蔵さんのことなども聞かせてもらいました。
ヒツジグサ
11時ころには咲いていたかな

 一緒に行った人で、おばあちゃんが長蔵小屋の奥さん、平野靖子さんと女学校が一緒だったという人がいて、お土産を持たせられていました。一人で届けるのは嫌だからついてきてと言われて、一緒に靖子さんのところに行きました。「雪があんなところまで積もるんですよ」などと話されたのが記憶にあります。お土産までもらっちゃいました。水芭蕉のデザインの針刺し。
 長蔵小屋では、先生方と小屋の方々とが挨拶しているのに出会いました。小屋の主人らしい人が、ちょっと後ろに立っている人を紹介していました。今思えば多分それが平野長英さんと息子の長靖さん。それから2年もたたない冬の日、平野長靖さんは、尾瀬への車道建設反対運動の中で亡くなりました。無理を重ねての過労の中での遭難死でした。
キンコウカとヒツジグサ

 今では誰もが認めるようになった「優れた自然」の尾瀬。手つかずの自然として残すべき財産として認められた尾瀬。でもそれがみんなの合意となるまでに、なんと多くの努力と犠牲のあったことか。
 尾瀬への車道建設に反対するということは、地元への裏切りと取られたことでしょう。もっと前、電源開発に尾瀬を利用しようというときは、反対すれば、「コケと人とどっちが大切か」などと言われたわけです。

 尾瀬の美しい自然を見ながら、長蔵小屋の人達を思い浮かべます。戦中、栄養失調で亡くなった子もいたそうです。小屋を継ぐつもりだった弟が大学時代に事故死し、長蔵小屋を継ぐことになった長靖さんは、北海道で新聞記者をしていて、小屋を継ぐことには大きな葛藤があったといいます。
 こうして、懸命に生きてきた何人もの方々を思わずにはいられません。こんなにも大きな犠牲をはらわなければならなかったなんて・・・
ミズチドリ

 生徒を尾瀬に連れ出してくださった先生は、その後、尾瀬の調査に出かけた折、道路から車が転落、命は助かったものの、その後、心のバランスを崩され、利根川に入水してしまったと聞きました。

 朝早く長蔵小屋をそっと抜け出して行った霧の大江湿原、そこではしっとりとぬれたニッコウキスゲが、今、花を開こうとしていました。
優れた自然は一瞬のうちに自然の価値を伝えてくれます。10代のころ、この自然に出会ったことを、幸せに思います。
ワタスゲとニッコウキスゲ


         
よく見ると、小さな花々があちこちで咲いています。ツルコケモモ、タテヤマリンドウ、スゲの仲間・・・食虫植物のタヌキモの仲間も見られます。
 子供は動くものが大好き。
イモリもたくさん泳いでいて、大喜び。 
 木道でちょこっと説明をすると、通りがかりの人もこちらに顔を向けてくれます。
ちょっとしたことでも、新しく知るって、うれしいものです。

ヒオウギアヤメ



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伊勢崎市の赤堀町に、ハスの花を育てたところがあると聞きました。ちょっと立ち寄ってみました。聞きましたら、5年ほど前からの公開のようです。ちょっと聞いた話では、もともとあったわけではなくて、新たにハスを植えて育てたようです。
左が林で小高い場所・戦国時代のお城の跡です

小高い場所にこんもりと森があり、その下が堀のようになっていました。そこにハスが咲いている。

戦国時代のお城・天幕(てんばく)城址とありました。ということは、ここはお城の堀?
近くに大き目の古墳もあり、それも堀があったようです。うーん、どういう関係かな?  








 手入れが大変だろうなあ、とか、蚊が発生することないのかな、とか、とにかく余分な雑念がうかんでくる・・・素直に楽しめばいいのに・・・ふと見ると、水の中を小魚がすいーっと泳いでいた・・・これなら蚊は大丈夫かな。考えてみたら、田んぼと同じだよね。
地元の方らしい人、「委託に出しているんだよ。去年はダメだったけど、今年はいいねえ」と言っていました。

すぐ隣には、用水堀があります。
大正用水と書いてあったかな?
この地域でも水を利用するために多くの努力を積み重ねていたのではと思えます。


 今の時期、暑いので、なかなか出ていかないですが、時にはどこかに立ち寄るのもいいかもしれません。
 赤堀は昔から花しょうぶが有名。女堀という、もとは水路のためだった所に植えています。さらに、すぐ近くには小菊の里という場所があり、秋には小菊がたくさん咲き誇ります。
   皆さん、地域を盛り立てようと頑張っているのではないでしょうか。




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