2020年4月30日木曜日

スナヤツメ あごのない魚

毎日家にいる生活ですが、一方で懸命に働いて、命を生活を支えてくれる人たちがいる

コロナ禍の中、医療関係者の方々の大変さには頭が下がります。
医師たちがテレビにも頻繁に登場して訴えるようになりました。
・倉持仁医師、言葉以前に、TVの向こうから緊張感と怒りが全身から立ち上って伝わってくる。
  診断の流れができていない。PCR検査はやる気があればもっとできる。
  間に保健所を入れるシステムは早く切り替えよ。国や自治体に危機感がない
・岡田晴恵氏、もうずっと以前から、「発熱外来を作って、医療関係者には早くに
  アビガン投与をして」等、言い続けている。彼女の言うことが少しづつ認められてきているどうしてこんなに実現が遅いのか。やると言っても実現しない、あるいはできない理由をあれこれ言う。それより何とかしてよ、と言いたくなる。
どんな国のどんな政府を持っているかで、死ぬか死なずにすむかが変わってくると、つくづく思うこの頃。

こんな中ですが、自然の豊かなこの時期、気分を変えるにも、身近な自然の様子などを紹介してみようかと。

スナヤツメをはじめて見ました 

知り合いが我が家に来ました。(コロナによる外出自粛の前です)
「ナナツメ持ってきたよ」
ナナツメ?」
 水の中にいるのは、うなぎのようにひょろっと長い、長さ15㎝弱のもの。
「ヤツメじゃないの?」
なにしろ、頭の先はすっぱり切れたようになっていて、吸盤のように壁に張り付いている。
目の後ろにはいくつか穴のようなものが見える。ヤツメウナギが頭に浮かぶ。
 「いいや、ナナツメだよ」
穴のようなものは、たしかに7つ。でも、眼を入れれば8つ。




 右の写真、お目眼パッチリなのですが、調べたら、実はこれは産卵期になるころのおとな、
それまでは目は閉じているのだそうです。
7つの”目”の時期が長いのでしょう。だから、見つかるのは”目”が7つ。

 目の見えない生活を送ってきたのかあ・・・不思議。
 目が開いたころからは、食べ物も食べず、産卵したら命は終わりなのだそうです。


ところで、ガラス越しに「口」を見ると・・・

口と言っても閉じることもできない形で、円形の中に歯が見えます。


これって、閉じることができない「口」。
なにしろ顎(あご)がないのです。だから無顎類というグループに分類されます。その中の円口類という仲間のはずです。
 



丸い口は閉じられない 歯が見えている


ずっと以前ですが、ヤツメウナギの干物をもらったことがあります。この時、口をしっかり見ました。ですから、こんな丸い口、馴染みがありました。ウナギとついているけれど、ウナギの仲間ではないのです。


 無顎類ってすごく原始的な魚の仲間で、はるか昔に地球上に現れて栄えたはずですが、今では円口類以外すべて絶滅。ちょっとネットで見たところでは、5億2000万年から5億5000万年ほど前に出現したとありました。細かい数字には異論もあるでしょうが、とにかく、古い。「魚の仲間じゃない」という人までいるようです。  
 まさに「生きている化石」。
鰓穴が7つ 

 仲間のほとんどが絶滅した中で生き残ってきた円口類、現在に至るまでに、どんな大変動の中をしぶとく生き延びたのだろうか。
人類は今、ウイルスの脅威にさらされていますが、こんな脅威もきっと何度も受けながら、命をつないできたのでしょう。がんばって生きていってね。

 ところでこの魚、すごく減少していて絶滅危惧種に指定されています。環境省で絶滅危惧Ⅱ類、群馬県で絶滅危惧Ⅰ類。川に返した方がいいよね、というわけで、県の絶滅危惧調査の魚に関わ人っているを紹介してもらって、話を聞かせていただきました。
 最近スナヤツメは2つの種類に分けられることがわかって、群馬には両方いるのがわかってきたのだそうです。とはいえ肉眼ではわからない差。分布が混乱するので、必ず元の場所に返すようにしてくださいとのこと。もともと冷たい水に住むので、夏になったら我が家では生きていけないだろうな。それよりなにより、産卵したら命は終わりとのこと、目の開いたこの子は産卵期のはずで、もうそれほど長くは生きないのでしょう。
 うれしいことに、最近増えてきたそうです。私の住む玉村町にもいるとのこと。

魚を持ってきてくれた人も、昔は玉村でも見たことあるよ、と。もともと、昔はけっこういたよ、と。
 この地域に一緒に生きている生き物のこと、新しく一つ知りました。

元の場所に返してあげました。どうぞ子孫を残していって下さいね。
写真は返した場所です。



「また見つけたよ」という人がいたそうです。「大事なものだから、食べたりしちゃだめだよって言ってね」と言ったら、「あれは苦くて食えねえんだよ」。 
昔、食べてみた人はいるんだろうな








2020年4月11日土曜日

里山は緑と春の花いっぱいなのですが





あなたは手洗いできますか?

コロナウイルス、感染者の増加に心配は尽きません。
手を洗えない人たちが世界にはたくさんいる、と前回書きました。
以下はユニセフの警告・・私たちの世界は、「実はまだこんな状態なのだ」と思い知る。

  • 30億人がせっけんで手を洗えず(世界人口の4割に当たる)
     コロナウイルス感染防止のための最も安価・基本的なことすらできない   
        現在の世界の人口は76億人、ちなみに1960年の世界人口は30億人       
              私が生まれたときから、世界人国は,なんと3倍ほども増えている。 
  •  世界の学校の47%にせっけんのある手洗い施設がない      
         (生徒は9億人)
       サハラ砂漠以南のアフリカの都市部では63%
       中央・南アジアの都市部で22%

   この場所で、子供たちはどんな生活をしているのでしょうか
   こんな世界、変えたい



野山は春なのですが
 ウイルスを抑えるには、とにかく出歩かないこと。
 東京のような都市部では公共交通機関に乗るのにもためらいが・・・
 
群馬では公共交通機関の利用は大変不便で、多くの人が車を持って乗っている状態。
仕事に通うにもマイカーが必要という世界です。
 (高齢者の免許返上は、生活の足のなくなることを意味するのではありますが)。

 そんなわけでしょうか、新聞にも、人のあまり行かないような場所の桜の紹介がのっていました。どうせ車で移動するし、現地でも首都圏のように人がたくさん集まるほどではなく、ストレス発散の意味もあるし、見に行ってもいいだろうということでしょう。



 春の花の調査もあって、お年寄しか住んでいないといった里山的場所に出かけました。野生の植物には絶滅しそうなものがたくさんあり、その調査を全国で県単位で行っています。そのお手伝いです。
 早春に咲き、木々の葉が繁るころには姿を消す植物たちがいます。今しか調べられないのです。美しい花も多く、春の妖精・スプリングエフェメラルと呼ばれる植物たちです。
カタクリ、ニリンソウ(写真の花)もそのなかまになります。






ほとんど人に会わない場所なら、マイカーでの出歩きはかまわないでしょう‥というわけですが、
東京方面で、外出自粛の方々には、ちょっと申しわけないです。





 今はお年寄しか住んでいないといったこうした集落、例えば急斜面山の上のこの場所は、かつては峠越えの中継地点だったりしたわけでしょう。木材や炭も売れ、生活の成り立つ場であったわけです。
 坂道の上り下りも自給自足も、楽になれた今の私たちにはできないような苦労を伴なうものだったでしょう。



桜の咲くころの里山が大好きです。
坂道を登っていったら、急に、花盛りの集落が目に飛び込んできたりすると、桃源郷に迷い込んだような気がしてきたものです。







 
 桜の咲くころ、こういった地域はサクラ、ハナモモ、水仙、ツツジなどに彩られます。
自然の花ばかりでなく、人の手で手入れされた花・木々も花盛りで、美しいのです。

地元の皆さん、よく手入れをされているのです。

 







だんだん廃屋が増えて、手入れのされていない所も増えているように思います。
集落に住んでいるのは3軒、お年寄3人だけと言っている人もいました。



木々の芽吹きが山を薄緑に霞ませるころ、こうしたところを訪ねてほしいです。













でも、今年はダメなのですね。
写真でちょっと味わっていただけましたら。

ごく普通の田舎の山道の
道端の光景です。






















2020年4月7日火曜日

感染症のこわさ

コロナウイルスに振り回される毎日

  私たちは感染症のことを忘れていたかもしれない・・・
  感染症は克服した、と、心のどこかで思っていたかもしれない。
  少なくとも、大変なのは途上国の話であって、私たちにはあまり関係のない話と
    思っていなかったか・・・・
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 60年ほど前と言えば、日本でもまだ伝染病のはやるような時代でした。
呼び方も、感染症ではなく、伝染病。
幼いころ、疫痢(えきり)がはやりました。遊んでいたすぐ近所の子は死に、私も重い症状でした。幼い頃のことですが、その時のことでたった一つだけ覚えていることがあります。こんな光景です。

  しっとりとした空気の中、家の前の、大きく繁った桑畑の間の道を
  母に背負われていた。
  本当に久しぶりに外気に触れた日なのでしょう。          
大きな葉の揺れる桑畑
  少し湿ったような澄んだ空気・ちょっとまぶしく感じる外の景色

やっと体力の回復してきた子供を、
外の空気に触れさせようと、日差しの緩んだ夕方にでも背負って連れ出したのではないでしょうか。
幼い日の感覚の奥底の光景にこんな桑畑があります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 当時、お医者さんが心配して地域をまわってきて、早い段階で見つけてくれて、それで私は助かったと母が言っていました。当時ですから自転車で、よくてバイクでまわっていたことでしょう。私はしょっちゅう扁桃腺をはらす子でしたが、いつもそのお医者さんにかかっていました。先生のお顔も思い浮かばないですが、マスカットのような薄い緑色の実のなるブドウ棚と、ちょっと洋風の、多分外壁の板を白く塗ったような雰囲気の医院のイメージが脳裏に残っています。
 平地の玉村町なのですが、その村はずれの桑畑の広がる中にポツンとある家は、昔、伝染病の人を隔離するための場所だったなどと聞いたこともありました。

 今、疫痢という病名は耳にしません。赤痢の一種のようなものらしいですが、昔はこれが多くの子供の命を奪ったそうです。母の姉妹となる子も、疫痢で1人、なくなっています。桃を食べて、と聞いて、「桃?」と思ったものです。
 夫の姉は、ごく幼い頃、しょう紅熱で亡くなっています。この病気でも多くの子供が亡くなりましたが、抗生物質により治療が容易になり、病名としてもこの言葉は使わなくなっています。。野口英世、北里柴三郎、志賀潔・・・パスツール、他にもあったかもしれません。
 抗生物質の出現によって病原菌との戦いに勝ったと思ったわけですが、自然はそう甘くなかった・・・抗生物質には耐性菌が現れるし・・・ウイルスというもの正体もわかってきたとはいえ、対応には苦慮しているわけです。
~~~~~~~~~~~~~~~~
 ウイルスでの死亡は、第一次世界大戦下のスペイン風邪が有名。多くの死者を出しています。
ところで私は、ウイルスというと、累々と横たわるうさぎの死体も脳裏に浮かぶのです。
これは、爆発的に増えたウサギの退治に、ウサギの致死率の高いウイルスを利用し駆除した時の写真です。これを見た時、ざわっとしました。怖い・・・・
 ネットで調べた話では、以下のようです。ウサギのいなかったオーストラリアに、ウサギ狩りをしたいとイギリス人が持ち込んだウサギ,たった25羽だったそうですが、あと言う間に増えて手が付けられなくったといいます。1859年の25匹が1940年代には8億匹。他の大陸と地続きにならなかったことから独特の進化を遂げてきたオーストラリアの生きものに大打撃を与え、絶滅に追い込まれた種も多数という事態。何とかして退治しようとしてもうまくいかず、ウイルス利用を試み、95%を駆除。しかし残り5%が免疫を獲得して、またふえる・・・
 生態系の破壊についても、ウイルスの動きでも、実におそろしい話です。

ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」は高く評価された本で、人類史の中での争いで、勝敗を決めたものをあぶりだしています。その一つが、その社会が持つ病原菌。
一瞬「えっ?」と思う話です。ですが、思い起こせば、インカ帝国がヨーロッパ人の持ち込んだ天然痘ウイルスによって大打撃を受け、滅亡につながった話は有名です。ヨーロッパの人々は家畜の飼育により免疫を獲得していたが、中南米の人々に、免疫はなかった・・・

新型ウイルスに、医療関係者が非常な危機感をもつのが理解できます。
私たちも、心していかねば・・
 
手洗いが励行されています。
アフリカなどの途上国が心配になります。
なぜって、途上国では、以前から「手を洗いましょう」というキャンペーンが行われ、最も効果的なのは、学校で子供たちに教え、それが家庭にまで広がることだと、せっせと子供に手洗いを教えたりしているのです。また、トイレをつくろうと活動したり、きれいな水を手に入れるにはどうしたらと苦慮したり、日本人なら当たり前のものが手に入らない人たちがたくさんいるのです。
全世界に広がったウイルス、こうした国々の人たちがどうなっているかも、どうぞ忘れずに目を向けていただきたいものです。
ぱらぱらと探して、ユニセフ報告2016年のものですが、手洗いについての記事を紹介します。ベトナムという、水のある場所で、これ・・・水の乏しいアフリカの地域などは、どんな状態でしょうか・・・女の子は水汲みに何時間も費やし、学校にも行けないなどということだってあると聞きますから・・・。






 





2020年3月29日日曜日

ほぼ南限地域のザゼンソウ

ご存知ですか?  下仁田にもザゼンソウがあります

コロナウイルスのまん延・・・・
   これ以上の広がりを抑えねば。自然は忖度なんてしてくれません。
   ウイルスをおさえるには、自然を知り、自然の理に従わねば。

 ところで、写真がおかしくなっていた? 再投稿します

春になったのに、自然を楽しむことがなかなかできない気分です。
東京では 公園での花見禁止とか。
今日は、なんと、雪。満開の桜の上に、雪が積もっています。
   ウイルス感染関係ではあまり人が出歩かなくていいかもしれませんが。
   人が出歩かないことから収入の道を断たれた人たちの辛い毎日を思います。

昨日、私の住む小さな町でも、コロナウイルス感染者が出たと、新聞が報じていました。
  他人事で見ていた人たちも、ハッとする事態でしょう。

 そこでというわけでもありませんが、桜の季節なので、桜見物のつもりで、我が家から15kmほどの所に咲くしだれ桜を紹介します。3月25日の姿です。
農家の庭先にあり、周辺からは見えないので、”知る人ぞ知る”サクラ。すぐ近くにカタクリの名所があるのですが、畑のひろがる先にあるここを訪れる人はわずかです。この日も、ちょっと見に来たという近所の人と、ウォーキング中の3名ほどの年配女性グループに会っただけでした。

 10年ほど前、付近を春の里山散策気分でふらっと車で通っていて見つけて以来、毎年会いに行きます。



写真のように、少し小高い所から見下ろすように眺められるので、とても素敵です。








2020年3月25日

下の写真のように、丘の下から、こうして見上げると、青空に映えたのですが、
最近、周囲が広く太陽光パネルに覆われて、景観としてはちょっと残念ではあります。
たしかに、太陽光発電には最適の場所なのでしょうが。



すぐ下の写真が、ほぼ同じ
アングルから撮った以前の姿です。
2017年4月4日
日付が2017年4月4日

今年の桜の開花、早いですね。
前橋の開花、観測開始以来、一番早かったのではないかな。

しばらくお休みしている間に、野山は花でにぎやかです。
目に留まったものを、また紹介しようかな、と。
ザゼンソウの芽
左写真は、ザゼンソウの芽。
場所は、下仁田町。
北国では珍しくもない植物で、群馬でも北部なら結構あるはずです。
でも、下仁田町はこの植物の生育の南限近くです。
そういった意味で、貴重です。
 秩父地域にもあり、こちらは市や町で天然記念物指定しています。
数年前、下仁田町でも町の天然記念物に指定しました。

 ザゼンソウを見つけて報告したのは、下仁田在住の里見哲夫さん。だいぶ前のことでした。
地元の方はもちろん知っていましたが、他には知られていなかったようです。あるとき、こんなのがあるよと、教えてくれた人がいたのだそうです。
「昔はあちこちあったんだけどねえ」と、地元の方はおっしゃいます。
今はほんのわずか。はえているのを知っている場所は
1カ所のみです。
昨年行って見たときには花を見かけませんでした。

 群馬県では赤城山麓の群生地が有名です。やはりほぼ南限に近い場所ということもあり、毎年テレビや新聞で報告されます。
ところが今年は、
「ザゼンソウ 壊滅状態」
鹿の食害ではないかというのです。
下仁田もシカが多い。車に乗っていて、鹿が2回もぶつかった。「修理に50万円もかかったさ。まあ、山の中に住んでいるから仕方ないけど」と聞いたこともあります。「ぽつんと一軒家「」ほどの山の中ではないのだけれどなあ・・下仁田駅から、距離的にはそんなに遠くないし。
朝日新聞 2月末か3月初めの記事

 昨年も花を見ていないので、心配になって、里見さんたちと出かけました。
花はなく、芽が数本出ていました。
 葉が出たころまた来て、もし食べられていたら、鹿が考えられるでしょう。
人による掘り取りを気にしていたのですが、最近は鹿が問題になっているのです・・・

道であった地元の方に聞いてみました。
「昔はあちこちあったんですがね。うちの裏にも咲いていたのだけれど、最近なくなってしまって。毎年楽しみに何度も花を見に行くんだけれど、最近咲かないものだから、今年は見に行ってないよ」と。
しばらくして、調べていた所にバイクで追いかけてきて、
「写真撮ってみんなにあげて、よろこばれていたんですよ」と、以前に撮った写真を見せてくれました。
ありがとうございました。

 また、5月頃、調べに来ようかと。他の花も、あれこれ咲いているでしょうし、お住まいのお宅には、昔、山で採った植物が育っているとおっしゃるし。
なお、土砂崩れで埋まってしまったという自生場所もあります。

以前撮った、この場所のザゼンソウの花を紹介します。
絶滅なんていうことにならないためには、どうしたらよいでしょうか。
撮影2014/4/8
2915/3/31



2016/3/17
2016/3/17




2020年2月1日土曜日

モズのはやにえ・カヤネズミ

今年は子年 というわけで、ネズミの話題
 
庭の木の剪定をしていた人が「いいもの見つけたよ」と。

ツバキの枝に刺さっていました。
もちろん、モズの仕業。モズのはやにえ
バッタやカナヘビなどは見た事あったけれど、ネズミは・・・
 「いや、あるよ」という人もいましたから、よく見ると見つかるのかも。
ハツカネズミでしょう
でも、「はやにえ」なんて、最近とんと見ていなかったなあ・・・
 身の周りの自然、最近見ていないと反省。



もう一つ小さなネズミを思い出しました。
 カヤネズミといいます。
近くの河原で探して、見つけた事がありました。
当時書いた文を紹介してみます。

カヤネズミ

 カヤネズミって知っていますか?
小さな小さなネズミです。
体重7g、大きさ5~7㎝のからだに同じくらいの長さのしっぽがついています。
手にのせている写真を見たら、まるい小さな体に長いしっぽがちょろりと出ていました。
かわいい!

ネズミというと、ドブネズミやら天井裏をゴソゴソしていたネズミを思いうかべて、イヤだなと思う人もいるかと思います。
でもカヤネズミは人とほとんど関わりなく生きてきました。
 こんなネズミを五料橋の対岸、伊勢崎よりの河原、オギやアシの繁る中で見つけました。

 カヤ(ススキのこと)の中にいるからカヤネズミなんでしょうね。もちろんススキでなくてオギだってかまわないわけです(もっとも、この二つは同じだと思っている人の方が多いでしょう)。とにかく、草むらの中に巣をつくります。地表から1mくらいのところに直径8㎝の球状の巣が見つかるそうです。

そんな巣を見つけたのです。河原のオギのなか、高さは1.7mくらいの所でした。
  写真を探したら、見たのは2005年だったのですね。下に紹介します。ちょっとわかりにくい写真ですが、丸い球状でした。ずいぶん昔になってしまった。
  出会うと、感激ですよ!
   

 これを教えてくれた人は、カヤネズミを飼ったこともあるそうです。観察していたカヤネズミの生息場所が開発でつぶされたとき、すみかを追われるカヤネズミたちを思うとなんだかつらくて、何匹か家に連れて帰ったのだそうです。寿命2年ほどの生きもので、しばらく一緒の生活が続いたわけです。
観察記録を本にまでしました。2003年出版です。
 本の表紙と、中の写真いくつかを紹介します。






 カヤネズミは湿地や川べりをすみかとしています。そういえばそんな場所、草の繁ったような場所がどんどんなくなったのが、高度成長期以来の日本でした。
 冬には地下にトンネルを掘って過ごすそうです。それなら冬の野火もこわくないですね。

 聞けばますますかわいくなるのがカヤネズミ。
7gの親から生まれる子供が1g。
そんな子を産むために作る巣の材料はオギなどの葉っぱ。口で細く細くさいていくそうです。その細さときたら、一本が髪の毛1本分。これを草の上で行います。落ちないように後ろ足でしっかり草をつかむのだそうです。
 水辺にすむ生き物のカヤネズミは、水をたくさん飲むとかで、それがまた、なんと、両手を使って水をすくって飲むというのです。考えただけでもカワイイ!
ーーーーーーーーーーー
 こんなカヤネズミ、見てみたいですね。でもガサゴソだいぶ探し、やっと巣をひとつみつけたということで、生息密度は低そうです。むずかしいかなあ・・・
 このネズミ、分布はそれほどよく調べられていないのかもしれません。群馬の動物分布を記した本でも、カヤネズミの見つかっている地域はわずかしか書かれてありませんでした。何といったって、ここ玉村町付近はカヤネズミのいることになっていないのですから。 
 
 現在の日本のレッドデータを見たら、群馬県ではホンシュウカヤネズミ名で絶滅危惧Ⅰ類になっていました。いちばん危ないというランクです。
福島、新潟以南に分布でしていて、レッドデータに登録している都道府県は33。絶滅危惧Ⅰ類は、群馬県だけでした。本当にいなくなっていしまったのかもしれないけれど、探す人が少なくて、報告が少ないのかもしれません。生き延びてい欲しいです。
 
群馬県内の分布
  出産は春の5~6月と秋の9~12月で、探すなら秋の方が良く見つかるそうです。生息地の大部分はどちらかというと標高の低い、川の土手や河川敷、休耕田にできたススキ(オギ)の群落。田んぼの稲に巣があったりもするそうです。標高は20m~400mの範囲。もう少し標高の高い山のカヤ場で見たという話もあるようなので、もう少し高い所にもいるかもしれません。
全国では標高1200mでの捕獲記録もあるようですから、決めつけはいけませんね。
  
  今年、探してみませんか。






2020年1月21日火曜日

オリオン座が大変?

オリオン座の中の星のひとつが、
  今、天文ファンの間で、話題沸騰だそうです

星の名前は ベテルギウス
今、この星が急に暗くなっているのだとか。
 2019年の10月以降の話です。まさにホットな話題。
 さっそく空を見上げたものの、普段の明るさがどの程度かわからない・・・1等星だったと思うけれど、という程度の認識なので、どれくらい、暗くなったのか、わからないのです・・・
 12月には10月の半分の明るさになり、全天で10位の明るさだった星が21位の明るさになったなどと、ネット上には書かれてありました。(日本で見える星で21位?世界中で21位?…そんなことも知らないけれど、調べるのも面倒で、まあ、いいか・・・)
  ところでこの星、もともと明るさの変わる星ではあるのです。でも、今までにないほど暗くなっているとか。いったい何が起こっているのか・・・

 この星は膨張したり縮んだりを繰り返していて、それで明るさが変わる星なのだとか。何だか不安定な感じ。縮んだとき明るくなり、膨らんだとき暗くなります。なるほど、”やがて爆発か”も納得。
 

 「もしかしたら、爆発する?  超新星爆破か」と、目が離せないという人たちがいるようです。天文学者は、「爆発するのは明日かもしれないが、何万年もあとかもしれない、それくらいのスケールで考える話」と、冷静のようです。
どうやら爆発する運命にあることだけは、確かのようですが。
  さすが宇宙、時間スケールも大きい。

超新星爆発? 星の大爆発です。有名なのが「かに星雲」誕生の時の爆発。その記録は日本や中国の文書に書き残されています。
 1054年、藤原定家の記した明月記に「客星が現れ、昼でも輝いていた」といった記述があるとのことで、そんな話、たしか高校の時、授業で聞いた。
そうか、星雲というのは星の爆発した後の残骸なのか、などと思ったわけです。
天文ファンにとっては、いえ、誰にとっても、「もし見られたら、すごい」といった天空の大事件に間違いない話なのです。

右側の4つの星とその中に並ぶ
3つ の星がオリオン座の星。
天高く、南の空に見えるときの姿
ところで、オリオン座って、超有名な星座です。小学校の理科の教科書にも、中学校の理科の教科書にも載っているし、とてもみつけやすい星座で(3つの星が並んでいる)、冬の澄んだ空気の中で明るく輝くので、よく見えるわけです。
とはいえ、皆さん、本物の星座をよく見たことあるでしょうか。ベテルギウスがどの星だか、わかるでしょうか。
「バカにしないで」と言われるかもしれませんが、でも、案外知らないかも。私も、あれ、どれだっけ、などと思ったり。
中学校の理科資料集の図を載せてみます。
最近のものを持っていないので、もう20年も前の本の図ですけれど。

 12月や1月なら、夜の早い時間に東の空を見れば、オリオン座が地平から昇ってきています。シリウスも輝いています。夜中になれば同じ星が天高くに見えます。太陽と同じように東から昇って西に沈むわけです。子どもたちもこんな経験をすれば、「星の動き」などという理科の話も、すぐに理解できるのでしょう。

以下は、東・南・西の空の、星の動きの図です。
   これは星が動く軌跡をなぞったものです。星は矢印方向に動いて見えます。
一番左が東の空、真ん中が南の空、右が西の空。オリオン座の形を書けばいいのにと言われそうです・・・
自分で描ければいいのですが・・・
東の空に見えるときは、オリオン座はちょっと横に寝ていますね。

こんな機会に、オリオン座を見てみませんか。

 ベテルギウとリゲルという星が有名で、赤みがかって見えるのがベテルギウス、青みがかって見えるのがリゲル。星の色は重要な情報で、温度がわかるし、そこからさらにいろいろなことがわかってくるというのです。
大人の人も、きっと昔勉強したのですが、そんなこと、忘れてしまいますよね。
下の図は、中学生の参考資料集に載っていました。
へ~、中学生もこんなこと勉強するのだ・・
 図がぼけていますが・・・赤い星ベテルギウスは大きくて、表面温度3000度くらい(グラフの横軸は、右に行くほど数字が小さいので、要注意)。これ、星の中では低温。赤色巨星というグループ名までついている。
一方青い星リゲルは小さくて、温度は1万度を超える高温

グラフでは、いろいろなタイプの星が何やら意味ありげに並んでいる。
これ、星の一生を表しているという図です。


もう少しわかりやすそうな図が以下です(高校の教科書からとった図)。星の一生をタイプ別に表しています。
これを見ると、星の一生は重さによって決まってくる。重い星(質量が大きい)ほど、最後が派手に大爆発をするような・・・で、ベテルギウスは大きくて重い星のタイプ。
今のところ、脈動変光星というステージにいるとのことで、0等星から1.3等星付近で明るさを変えるとか。(ちなみに、数字が小さいほど明るくて、太陽は―26.7)。


それにしても、よくまあ、こんなことがわかるものですね。そのことにも、感心してしまいます。



幼い頃(小学生)の、こんな記憶があります。
 夜、父と外にでたとき、父が「あ、北斗七星だ」と、空を指さしたのです。
一緒に空を見上げた夜空には、のびのび大きく描かれた北斗七星が輝いていました。星座の勉強はしていたはずですが、実際の夜空を見ておらず、星座の図を見て、なんだかごちゃごちゃしたもののイメージしかなかったわけです。「北斗七星ってこんなに空に大きく描かれているんだ」と、心に残ったのでした。
 多分、小学生でも低学年ではない頃のことでしょう、そんなことも知らなかったのと言われそうですが、知らなかったのです。その時の広々した印象がこころよく、こうして今になっても思い出せるのでしょう。

星の動きなど理解するのは難しいけれど、夜空を仰ぎ見てロマンを感じるのは、誰でも味わえることで、どこにいてもできる話。お金もかからないし。
1月も半ばを過ぎた今、夜7時前に、もう、オリオン座は地平を離れて、東の空を飾っています。
~~~~~~~~~

ところで、こんな歌、歌ったことありますか。
今の若者・子供たちは、聞いたことあるのだろうか・・・
 冬の夜空を、とても素敵に描いていると思うのです。
   「舞い立ち」「さざめく」「北斗の針」 「星座は巡る」
         こんな言葉が、星たちに命を与えています。

  オリオン座やスバルを探してみたくなりませんか。

冬の星座

1.木枯しとだえて さゆる空より
  地上に降りしく 奇(くす)しき光よ
  ものみないこえる しじまの中に
  きらめき揺れつつ 星座はめぐる

2.ほのぼの明かりて 流るる銀河
  オリオン舞い立ち スバルはさざめく
  無窮をゆびさす 北斗の針
  きらめき揺れつつ 星座はめぐる
  

2020年1月15日水曜日

ぐんまの自然の「いま」を伝える 展示会が開かれています



自然に親しもう、自然を調べよう
       ということで、
群馬県内で自然にかかわる人たちが、毎年の活動のようすを発表しようという催しが、今開かれています。会場は群馬県立自然史博物館です。

「へえ~、こんなことがあるんだ」といった自然情報がポスターなどで展示されています。「サクラなどの幹にはいりこんで枯らしてしまうカミキリムシの情報」とか、「シカやイノシシが畑を荒らすというけれど、被害は?」「クマの生息状況」などちょっと身近に感じるものもあります。高校生も参加していて、頑張って発表しています。
1月11日は基調講演や口頭発表もあって、発表者の多くが参加していて、交流もあるといった趣向でした。

レース模様のキヌガサタケ、
一度見たことがあるなあ
子どもづれや
ふらっと来られた人たちに人気は、たくさんのキノコ。前橋にお住まいの方がつくられたものとのことです。

作者はキノコの専門家ではないけれど,実に精巧につくられているとのこと。キノコのテーブルには、キノコのお絵かきコーナーもあり、子どもたちが喜んでお絵かき。記念の写真撮影コーナーもあって、喜んで撮影する姿が見られました。
描いた絵は壁に貼るわけです。

とにかくたくさんのキノコ
楽しませていただきました。
     




今年は「巨大キノコが発生!」とテレビのニュースで見ていました。
そのキノコの写真と、実物を標本にしたものも展示されていました。標本にすると大きさは2/3ほどに縮んでいるといいますが、それでも大きいものでした。
  下の写真です。

 
子どもたちに人気の動物たちのはく製も置いてあります。


熱心に発表ポスターを見る方々 




    私たちも紹介発表をしています。
下仁田町で見つかったチャツボミゴケについてです。

展示のようす

鉱山から流れ出す水から鉄分が沈殿し
葉やコケにびっしりとくっついています





鉱山の坑口から流れ出す水にチャツボミゴケが育っています。この水がと同じくらいの酸性度の水というものです。
ここには鉄分が沈殿して、周囲は鉄鉱床の始まりといった現象が見られます。鉄分にまみれた木の葉やチャツボミゴケが見られました。
 ところが、秋の台風19号の大雨で、なんと、流されてしまった・・・また復活するに違いないと、これからも観察を続けようというものです。

自然に親しむことで、自然を大切に思うようになります。自然を伝える博物館を、皆さんもを訪ねてみませんか。
私も、少しは紹介を続けようかと、あらためて思った次第です。

なお、この会場は無料で入れます。本館の展示は入場料が必要です。