2017年11月1日水曜日

川の水の中和 品木ダム見学してきました


品木ダム見学

紅葉いっぱいの日・・・雨模様の天気が恨めしい。  ところで、この湖の色 ちょっと変わっていますね。

品木ダム
ここは品木ダム。群馬県の草津にあります。
草津温泉は、流れ出る湯が強酸性(pH2.31 )。この水を中和させて中性にするという事業があり、1964年(昭和39年)から運転開始しています。

そこで思い浮かぶのが畑にまく石灰。土の酸性を緩和するために細粒にした石灰をまきます。でも、ここは規模がちがう。
1日50~60t!
年間約1万8千tの石灰投入!

ダムから流れ落ちる水


そんな場所なので水にいろいろ混じりこんで、こんな色に見えるのかな。



 品木ダム水質管理所では、申し込めば解説をしてくれます。中和事業は理科の教科書に載っており、学生などの学習も多いようです。年間2万人ほどの来訪があると聞きました。解説にも力を入れているようです。。案内・解説お願いしました。
 
 この石灰、下仁田から運んでくるのだそうです。とはいえ、もともとの石灰岩は下仁田産のものではなく、神流町の叶山のものとのこと。
到着したタンクローリー
有恒興業という企業のようですから、下仁田のとなりの南牧村にある工場かと思います。叶山の石灰を工場で細粒にし、草津まで運んでいるのでしょう。

下仁田にはもともと石灰岩があり、江戸時代とか古くから利用していたのですが、今は採掘はしていません。ですが、こうして今でも石灰にかかわっているというわけです。






どうして中和をするの?
 ★魚の住めない「死の川」だった
 ★農作物への酸性による被害
 ★そして、酸性の水はコンク
  リートを溶かし、橋の橋脚
  などにも被害が。
釘も溶かす・・
この写真、科書にのっていたなあ

こんな話は理科の教科書にも載っています。

 下の写真は、草津温泉から流れてくる湯川の水に、石灰の混じった水を注いでいるところ。24時間体制。停電時の自家発電設備も持っているとのこと。
一時もやめるわけにはいないのです
下流側では石灰で水が白く濁って見えています。


これで中和して万々歳と言えなところが辛いわけです。
この中和事業の年間予算は10億円
 内訳は
石灰の運搬費用:約2億円  
品木ダムの浚渫費用:約3億円
その他:電気系統管理・施設メンテナンス・品木ダムに流入する川へ貯砂ダム設置費用など
 
浚渫?・・・
普通のダムでも周囲から流れ込んだ土砂がたまってしまう問題があります。
品木ダムに流れ込む湯川にある貯砂ダム
品木ダムができて半世紀ほど、ここでは中和でできたものも加わるのですから、浚渫しなければ満杯になるのは当たり前。そして今、もう満杯状態。年間3億円の浚渫費用では、大体1年でたまる量の浚渫しかできないとの話です。本当はもっと浚渫したいが、予算に限界があるので無理と。
 まわりからダム湖に流れ込む土砂を減らすための貯砂ダムもありますが、結構土砂でいっぱいになっている・・・今のところ問題はないのでそのままとのことですが。

                     ダムと周囲の位置関係をご覧ください。



ダム湖にたまったものはどこへ
 中和作用では、何か「できるもの」があります。草津の湯は硫酸系の水だそうで、そこに石灰を投入したら、硫酸カルシウムができてくるはず。これって、石膏の主成分ですよね。石膏って、石膏ボードとかギプスとかその他、あれこれ利用する白い粉のイメージ。・・というわけで、1日に50~60tも石灰を投入して石膏成分ができたら、なんだかすぐ埋まってしまいそう・・・
 
今の処分場
ネットで見たところ、最初、中和事業を考えて実験したところ、石膏がたくさんできてしまって、沈殿してしまったとか。あれこれやってみて、中性になりきらないようにすると水に溶けて、沈殿しないということがわかり、そうした調整をしながら石灰を投入量しているわけです。ですから石膏などはダムにはあまりたまらないようにしているわけです。
 というわけで、沈殿するものは白い石灰や石膏のようなものかと思っていたら、ちょっと違いそう。色も黒っぽいようです。
すでに満杯の処分場
イオン状態のだったりアルミニウムが石灰中の酸素原子と結びついたりといった、いろいろ含んだヘドロ状のものがたまっていくとか。水が多いので絞って運んで(水が多くて絞りきれないほどで、やわらかいようです)、セメントも混ぜて…そんなにして、品木ダムの周囲の山の中に作った処分場にすてています。50年たって、今は2つの処分場がいっぱいで、3番目の処分場に捨てています。今後10年は使えるといいますが、それでいっぱい。新しい処分場を造るわけです。次の候補も決まっているようです。50年、100年後まで、捨て場所あるのかなあ・・
 堆積物をリサイクルできないか・・・お金がかかってしまって、コスト面で現実的でない・・こんな山の中に工場もないし・・捨てるのが一番安価。
 それに、この堆積物にはヒ素が混じっているため、さらに処分に気を遣うことになります。2004年の資料で、ヒ素の量は1キロ当たり最大5.6gで、農地での土壌環境基準の370倍超(やんばあしたの会の資料から)。
 
左の写真の中ほど遠くに、湯けむりが見えます。これは万代鉱という、草津温泉の泉源の一つです。ここの湯は中心街の湯畑のまわりではあまり使いませんが、周辺の温泉では多く使っていて、この2つで源泉の多くを占めているとのことです。湯畑は少なくとも1,000年の歴史のある源泉ですが、万代は1970年に硫黄鉱山掘削中に湧出した新しい源泉。万代鉱などにはヒ素が含まれていて、品木ダムにたまる・・・
 ヒ素と聞いただけで、いやだな、と思いますが、自然由来でヒ素はあります。火山地帯などでは、ヒ素が見られたりします。たとえば、ヒ素を含む鉱石があったら、温泉に溶けだすこともあるわけです・・・解説の方は堆積物のリサイクルをするとしたら、ヒ素があっても、物によっては利用できますと説明していました。
 ここの堆積物は産業廃棄物、法律では管理型なので下に遮水シートを敷かなければならないのですが、処分場は品木ダム周辺で、しみ込んだヒ素等は品木ダムにもどるため、群馬県との協定で、シートをしかなくてもよいことになっているとか。ということは、ダム周辺以外には簡単に捨てられない・・いや、想像しただけで、あれこれ大変。
 
 今のところ、中和する方法としては、この石灰投入の方法が一番安上がりとのこと。それでも、大変。投入量を細かく調整したり、努力はしていると・・
 「もっといい方法ありませんか。募集中」
とは、水質管理事務所の職員の方の弁。

 ところで実は、この品木ダムの完成が、一度消えかけた八ッ場ダム計画を復活させたのです。コンクリートのダムは、酸性の水で溶けてしまいます。中和事業のおかげで、コンクリートの構造物建設が可能になりました。目的の1つでもあったのかな?
そうして、再びダム建設へ走り出したという歴史があります。
  自然界も、人間界も、複雑に入り組んでつながっていると、つくづくと思います。
  それを見通せるように賢くならねばとは思うのですが・・


ところで、草津白根周辺の中和事業は、実施されているのは4割です。
まだまだ酸性河川はたくさんあります。下図です。
万座温泉付近が目立ちます。
 実は以前、「吾妻川上流総合開発事業」というものがありました。平成23年国土交通省関東整備局の報告書がHPに載っていると、専門家の方から教わりました。
ですが、この事業、ダムを試みるとしたら、お金がかかりすぎる、技術的面でも難しい…ということで中止と提案しています。水質改善として、プラント方式に触れていますが、ちょっとやってみて、それだけで中止されていて、今は何もやっていません。 
  この広大な自然、そんなに人間の思うようにはいかないと、つくづく思います。

 

 川全体を中和しようなんて、世界でも他にない、と解説の方が言っていました。
小規模には秋田県の田沢湖で実施しているそうです。

 かつて高い透明度を誇っていた田沢湖、クニマスなどが生息していて漁業も成り立っていたといいますが、ここに玉川温泉の水を引き入れ、クニマスは絶滅、それが2010年西湖で発見されたのは、さかなクンの活躍もあって、知る人も多いかもしれません。
 どうしてそんなことをしたか・・食糧増産と発電といいますが・・玉川温泉はpH1.05 で日本で一番の強酸性の温泉。こちらは塩酸系の温泉。温泉としては大人気ですが、農作物等にとっては川に入った温泉水は農作物の生育を阻害し、「毒水」と恐れられていました。その水を田沢湖に入れたわけです。薄めるつもりだったのでしょうか。1940年のこと。結果は、惨憺たるもの・・・。その後石灰石に酸性水をまいて中和を進めたり、1991年には中和施設も運用開始したり。でもまだ田沢湖は改善への努力中といいます。
クニマスがまた田沢湖に住める日の来るのを待ち望みます。
  人の知恵も、なかなか総合的には働かないのですね・・・
  自然の力、自然のバランスを侮ってはいけない…そう思えてきます。

 鉱山の排水などでも、酸性水の処理には四苦八苦しているものかと思います。
一方、草津に行くと、「チャツボミゴケ」への案内板も見えます。群馬鉄山の酸性の跡地に育つコケが観光資源になっているわけです。行ったことないから、いつか行ってみようかな。
 ちなみに、下仁田の鉱山跡の排水(pH4.5程度のようです)に育つコケも、ちょっと魅力的です。

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上野三碑が「世界の記憶」(旧・記憶遺産)に登録決定!!
 おめでとうございます。
 文化をきちんと評価し、大切にすることは、人類の豊かさをうむと思います。
 
「アンネの日記」や「ベートーベンの第九の楽譜」が登録されているとしばしば紹介されますが、日本で最初に登録されたのは、筑豊炭田の炭鉱夫だった山本作兵衛さんが描いた筑豊の生活の絵と文。申請は参加できるおそらくたった1回のチャンスだったといいます。まだ他の申請者たちの準備が整わなかったので、リストに滑り込ませてもらえた・・そのあとからは、国宝級の文書等が目白押し。リストに加えてもらうのはまず無理。
ですが、作兵衛さんの作品を見た審査員たちは、激賞したと聞きます。
ネットで作品、見られるはず。

碑のある山名丘陵は、春先の新緑と桜が魅力、しかも昔から道がきれいに整備されています。手入れしてくれる方々がいるわけです。春にはしばしば散策したものです。以前にこのブログでも紹介しました。夏は暑苦しくてダメですが、春や秋、散策はいかがでしょう。

以下で紹介しました。
  上信電鉄に沿って・天井川
http://geoharumi.blogspot.jp/2014/10/blog-post_11.html








2017年10月20日金曜日

雨続き・・秋の訪れも、味わう暇がない・・

秋なのだけれど・・・
  10月なのに・・雨ばかり

10月といえば空高く青空の広がるイメージなのですが、今年はちがう・・・雨、雨・・
紅葉を見る間もないまま。10月も半ば過ぎなのですけど。

なんだかご存知?
というわけで、紅葉を見るのもいつになるのかわからないので、今頃見られそうな秋の気配を、ちょっとお届け。
少し前の みなかみ町のものですが。

 左は虫こぶ。ちょっとした山なら、よく見かけますよ。切り株の上に置いたら、素敵でした。(ピントが合っていないのがお恥ずかしい。
シャッター押すだけでなく、ちゃんと勉強練習しなければと思うのですが・・・)

 虫こぶには、ぞくっとするような、あまり気持ちよく見えないものも多いのですが、これは透き通たようなほんのり赤い色も素敵です。何の虫こぶかって?  
  似た写真は見ますが、よくわかりません。

左の写真のように、葉について見つかります。




右の写真のもの、青や紫、白の玉、都会の公園脇などでも見かけるのでは。
ノブドウです。ちょっと一輪挿しに、いかが。
色がついたのは虫こぶだという人もいますが、いやちがうという人もいて、本当のところ、よくわからないようです。



☜いくつわかりますか?

先ほどの虫こぶ、ノブドウ、
山ぶどう(黒)、山の栗、
黄色く丸いのはマメ柿 昔は柿渋を取るのに使ったとか(防腐,防水などに使用)
山里には大きな木も見かけました。
私が今まで見たのは、盆栽に仕立てたものばかりでした。たまたま山道のわきに、大きな木がありました。そのすぐあと、公園に植えられているのも見つけました。)


 左下は言わずと知れた柿。小さいものがたわわに。少し寒い地域ですから、渋柿でしょう。里山風景の定番という気がします。
 


道端にはチカシバが水滴を付けていました。少し日差しがあれば、水滴が輝いていたでしょう。


(紹介文書いてから、以前にも書いたこと思い出しました。そちらの方がいいので、ちょっと変えて、再度、それを載せます)

子供のころ、夏休みが終わって学校へのあぜ道を歩くと、このチカラシバが生い茂っていました。
素足に触るとむずがゆく、ちょっと嫌でした。紫がかった穂はブラシのよう。踏まれても平気、それどころが、固い土にはえ、引き抜こうったって引き抜けない。力いっぱい引いたって引き抜けないから”力芝”。道端のに、人の踏むようなところにはえるので、別名ミチシバ。
 このいかにも生命力のありそうな草が、繊細に美しく見えるときがありました。細かな水滴が大きな穂をおおい、輝くときに。いくつもいくつも群れてはえるチカラシバに水滴がきらきら輝く姿は本当に美しく、同じように水滴に輝くクモの巣とともに心に浮かびます。あの水滴は雨のしずくだったのだろうかと思い浮かべながら、ふと気づきました。雨のこともあったろうけど、でも、朝露だったのではと。

白露(はくろ)という言葉があります。暦の言葉の一つです。

   白露に風の吹きしく秋の野は 
        つらぬきとめぬ たまぞ散りける     小倉百人一首

 今年の白露は9月7日。なんだかまだ暑くて・・・秋の気配あるかなあ?
でも、夏の中にも秋の気配が感じられ,露をむすびはじめるということ・・
 寒露という言葉もあります。今年は10月8日(あるいは8日から22日)。朝露が一段と冷たく感じるころ、露もびっしりつきます。
 「露は秋のもの」と人々は感じたのですね。
 露を感じた人々の感性を美しいと思います。でも、今年は雨にたたられて終わるかも。
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 ところで、群馬県庁近くの水路にあったバイカモがほとんどなくなっていました。花も見えませんでした。とても残念。探せばあちこちあるのかも。
みなかみにあるバイカモもなんだか元気がない…
10月の今になって元気になって、花まで咲いていました。よかった。
いつもは8月とかに花を見るのですが、10月初旬という遅い時期にも花が咲くのですね。
バイカモ きれいな水に育ちます

イモリ 最近見かけなくなった場所で発見。よかった!
 イモリもいました。みなかみには結構いる、といわれました。
レッドデータに登録された生き物、どうぞいつまでも元気で。

エリマキツチグリ かな?
         キノコも、もちろんあります。ちょっとかわいいキノコを。押すと、真ん中の穴からホコリが、いえ、胞子が飛び出します。乾くとまわりの花びらのような所がくるっと内側に巻いてきます。
 普通のツチグリは周りの皮のようなところに模様があり、形も尖っています。ちょっと違うなと写真で見比べ。これはエリマキツチグリというもののようです。




その他、秋の山で見かけたものを。      
トリカブト いわずと知れた猛毒植物


なんといっても多いのはこれ、ミヤマガマズミ
たくさんあって、とても目立ちました

赤い実がぶら下がるこんな仲間も多い。いくつかの種類が
見られました。これはツリバナ
ダイモンジソウ 
水辺の滴る岩にまだ咲いていました。

リンドウ 道端にあちこち咲いていていました
きれいですねえ
ホツツジ 
花はふつうもっと早い時期に見られます
センブリ  薬草になります。苦~い薬草。
                       
これが足元にビッシリだと、とてもすてき
ツルアリドオシ


セキヤノアキチョウジ 写真がよくないけれど、
素敵な色合いの素敵な花です。
マムシグサの実
ちょっと不気味な雰囲気も・・


というわけで、ちょっと目をむけると、小さな花や実の世界が見えてきます。
これから紅葉の季節、楽しみたいですね。      
10月8日の三国トンネル付近です




2017年10月13日金曜日

ジオパークの見どころも、簡単に破壊?阿蘇ジオパークで

自然遺産は邪魔なもの?

 日付を見たら9月22日ですので、すこし前のものになりますが、こんな投書がありました。朝日新聞の「声」の欄です。

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以下は毎日新聞の記事です。
◆2017年9月16日 毎日新聞
 <阿蘇・立野峡谷>別の柱状節理「破壊予定」 ダム建設でー
 世界ジオパークに指定されている熊本県・阿蘇の立野峡谷の柱状節理(ちゅうじょうせつり)が国の復興工事で破壊された問題で、峡谷内にある別の柱状節理も国が進めるダム建設で数年後にほとんどが削り取られる予定であることが分かった。
 破壊された柱状節理は白川の支流、黒川に架かり、熊本地震で崩落した阿蘇大橋の600メートル下流の右岸にあった。この現場の約1キロ下流の白川右岸にも高さ約60メートル、幅約300メートルにわたって溶岩が柱状に縦に割れた柱状節理がある。板状に横に割れた「板状節理」と交互に重なっている。
 この場所は国が進める立野ダム(同県南阿蘇村、大津町)の建設予定地で、国土交通省九州地方整備局(九地整)が設置した有識者会議「熊本地震後の立野ダム建設に係る技術委員会」に国が示した資料によると、本体工事に伴い幅約200メートル、高さ約90メートル、厚さ最大約40メートルにわたって削りコンクリートで固める予定になっている。
 破壊されたものとダム予定地の柱状節理は立野峡谷内でも特に規模が大きい。
 阿蘇ジオパークガイド協会員の中島一美さん(69)は「破壊されるのは非常に残念」と語る。九地整立野ダム工事事務所は「柱状節理の掘削を最小限にするなど十分配慮する」としている。【福岡賢正、中里顕】

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写真がないとイメージがわかないので、写真の載っている市民団体のチラシを以下に載せます。立派な柱状節理が見えます。


個人の方の言葉も(小口さん)

阿蘇カルデラ西部の立野峡谷にあり世界ジオパークの見所だった柱状節理が土木工事で破壊された。昔この地域を調査した際に撮った二枚の写真。破壊された溶岩は数万年前のもので、板状節理を持つ新しい溶岩に覆われる。 より古いラフな柱状節理を持つ溶岩もあり、鮎返ノ滝が懸かる。多様な溶岩の展示場。(写真は1つ省きました)


これらの資料は、八ッ場あしたの会のHPから引用させていただきました。
八ッ場あしたの会 http://yamba-net.org/  
トップページの事務局だより欄には、立野ダムについての項目もアップされています。

希少な生き物が見つかったりすると、「開発の邪魔になる」とされてきたものです。
地質についても同じことが起こっている・・・

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浅間山麓はジオパークに認定されてます。よく見れば、浅間山からはずっと東になる八ッ場ダムのある地域も範囲に入っています。長野原町の範囲になります。

”上毛カルタに「耶馬渓しのぐ吾妻峡」と読まれ、群馬でも、もっとも美しい紅葉スポットの1つ。”と、ツイッターで書いている方がいました。
  上毛カルタは、群馬県で育った人ならほとんどの方が知っているという、よく知られたものです。
でも、その吾妻峡には今、ダム建設工事が進行中。
国は、「吾妻渓谷の最もいい場所はちゃんと残しています」といいますが、まさに地質・地形の見どころの場所を壊していて、そこがジオパーク登録されるというのも、なんだかブラックユ-モアのよう。  
 ここは観光としても、JR旧川原湯温泉駅から簡単に歩いていけた距離で、駅のすぐ近くには、温泉もあるという好条件だったのですが、以前のような観光好条件は、もう、望むべくもないでしょう・・・
 下仁田ジオパークは、こういった問題には、今のところ縁がないようで、よかったですね。
 天然記念物の岩脈もあったのですが、やがて水没地域する予定。もう、立ち入り禁止ですので、見られません。以下は、その天然記念物の案内板の写真。




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 現在は、水没予定地域の発掘調査が進行中。膨大な遺跡が発見されています。
天明3年の浅間噴火の時の江戸時代遺跡があり、その下からは、これもたくさんの縄文遺跡が発見されてます。この地域は縄文遺跡のとても多い地域なのです。
でも何が見つかっているのか、まったく報道がない・・・
 普通なら、新聞報道され、説明・観察会が開かれ、たくさんの人が押し寄せるでしょうに・・・見学を申し入れても、断られました・・・
   この遺跡については、以前に紹介しました。

  今しか見られない・・・ダム工事? いえ、ダムに沈む遺跡群

あしたの会のツイッターから引用します。
八ッ場ダム水没予定地の東宮遺跡。現在、群馬県が江戸時代の天明浅間災害遺跡の下に広がる縄文遺跡の調査を進めている。
列石遺構、土器など貴重な歴史遺産が出土しているというが、国交省による立ち入り禁止で遺跡の全貌は不明。

県議会でも、そのことについての質問がされています。

群馬県議会における県の答弁ー東宮遺跡を立ち入り禁止にしているのは、工事車両が走る工事現場で危険だからと国交省が説明している。 現場を知れば、この説明で納得する人はいまい。これまでも住民の居住地を工事車両が走り回ってきた。
 「立ち入り禁止は、よほど貴重なものが出ているから」と住民。

 
頭が痛くなるような話ばかりです。
とにかく、何も見せたくない…見せるのは、ダム工事現場の「技術がすごいでしょう!!」という話ばかりのようです。


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 こんな記事が紹介されていました。

ワシントンポスト紙は、米国のジンキ内務長官が過去の大統領が定めた自然公園や国定公園10カ所でその指定範囲を変更することをトランプ大統領に提案したと報じた。これらの場所は、聖地、川、森、砂漠、海などの保護地域。
今回は、指定から外し、石油やガス、鉱山開発、漁業を行う目的がある。

やっぱり、金もうけ の世界が優勢なんでしょうか。

いや、人類はそんなのばかりじゃない、と言いたいです。












2017年10月3日火曜日

ワンカップで雨量計、防災は自分たちの手でも

「自分で雨量を調べると、
   雨の降り方が感覚でわかるんですよ」

NHKの番組で、下仁田町にお住いの方の防災への取り組みが紹介されたと聞きました。
自分の手で雨量を計って、防災に役立てようというのです。
 テレビ番組は見なかったのですが、お話をうかがう機会を得ました。

これが雨量計   お酒のワンカップの廃品利用です。目盛りを張り付けていますね
     
カップにたまった雨の量を記録します。
1つは一日の雨の量、もう1つは大雨の時の1回分の雨の量を測るのだそうです。
 なんと2011年の5月からず~っと測っているとのこと!

 きっかけは、防災の取り組みに、お住まいの下仁田町川井地区が参加することになったこと。
2010年の秋に、群馬大学の片田先生の講演があり、同じく群馬大学の金井先生から、どんなことをやったらいいかを教わったとのこと。(片田教授については、2011年の東北の大津波の時、指導していた釜石の子供たちが、片田教授から教わったように行動して助かったことで、お名前を憶えていらっしゃる方も多いかと思います。釜石の奇跡などと言われたりしました。)

 どういう災害があるかと聞かれたので、「土砂崩れがある」と答えたら、「雨量計が必要だね。測る道具はワンカップがあれば大丈夫」と。そして自作の雨量計で、2011年5月からずっと、今は2017年秋ですから、6年以上測り続けているというのです!!

 ワンカップは、家の裏の手作り棚の上、石で作ったテーブルの上にあります。この記録を取っていらっしゃる市川さんは、本業が石屋さん。石の残り物のきれっぱしも使ったというわけですね。
 やってみて、降水量何ミリというのがどんな雨か実感して、わかるようになったとおっしゃっていました。すごいな。私、わからない。
 「何年も測るなんて、大変だったでしょう」
 「な~んも。朝ここにきて見るし、雨降ったときはちょっと見ればいいんだから」
   いえいえ、それがなかなかできるものじゃないんですよ」

資料を見せていただきました。





お年寄りからも話を聞いて、それも参考に、川井地区の防災マップも作成しています。
  
一部を拡大してみました

 地元の地形を細かく観察して、いろいろ書き込まれています。こういう記録は、住んでいる人でなくては作れないですよね。

 災害の記録も調べていらっしゃる。
1947年(昭和22年)のカスリン台風では、家が1軒流され、歩いていた人を含めて
5名がなくなっています。
昭和62年にも土石流が発生。
 古い資料も調べています。200年ほど前に土石流があったらしいのですが、古文書に「寛政3年(1791年)8月の大雨で2町歩余の被害を受けたが百姓家は無事だった」といった記録があるそうです。この記録なのでは。
近隣にある桑本地区では、1742年に70余の家が流され、死者50余名という記録もあるそうですから、土石流はおそろしいものです。

 こういった活動をしていると、「何かやっているみたいだから」と、昔の沢の名前が細かく書き込まれた古い地図を持ってきてくれる人がいたりと、活動も広がるといいます。

 防災活動を始めてすぐ、2011年の大地震がありました。停電がありましたね。計画停電で、大騒ぎした記憶があります。寒い頃で、暖房に困るお年寄りの家があるかもと、ペットボトルにお湯を入れて暖を取るようにと、民生委員と一緒にお年寄り宅をまわったそうです。ペットボトルには、熱いお湯を入れても大丈夫なものとダメなものがあるとかそんなこともいざという時には必要な知識。(そうだなあ)

 有名国立大学の先生が、「いちいち測らなくても、ドラム缶を使って雨量をはかればいい」と言ったそうです。レーザーを使って、反射を人工衛星に飛ばしてそれをパソコンに受けて記録するシステムとかいうことのようです。今、開発中のようです。でも
  「体験するのが大切なんで、こういう雨でこういう雨量と、
   やっていると体験でわかるんだよ。それが大切なんだよ」 同感!!
それに「災害の時は、だいいち、停電しちゃうかもしれないじゃないか。そうしたら、電気がこなけりゃ、測れやしない」  納得です。

 最新技術の利用も、自分たちでやることも、どちらも大切でしょう。まさに目の前で災害が起こりそうな時、自分たちで判断できるということは、大切です。

 自分の命は他人任せにしてはダメ。自分で考えて、やる。専門家はそこに適切にかかわるのが大切。そんなことを教えられたような気がしました。

 地域の防災委員は次々変わります。情報が受け継いでいかれる保証はありません。
「避難場所は小学校、これだけはみんなに覚えてもらうのが大事だよ。地区の集会所は危ないところにあるから」 地域の実際を知る方の言葉は、重みがあります。

ところで市川さん、本業は石屋さん。本業の様子を載せましょう。
この作業所の裏に、ワンカップが置いてあります。

防災なんて、考えたことなしで生きてきました。でも、最近は豪雨も増えています。
地震も活動期に入ったといわれています。
テレビの教育放送に「学ぼうBOSAI」という番組もあって、びっくりしたものです。
 自然災害の多い国・日本と言われています。ちょっと考えてみたいです。
市川さん、ありがとうございました。