2021年3月17日水曜日

ハクモクレンの花 早春です

 東京では3月14日に桜が咲いたとか。満開の桜の下で入学式、と言っていたのはいつのことだったろうか。ますます春の訪れが早くなってくる・・・

サクラに負けない美しさで、ハクモクレンが咲ています。

 古い農家の家の前に、のびのび育っています。いいなあ。
だんだん大きくなったつぼみは、一斉に北方向に曲がっていました。それもかわいいのですが、咲いた時はきれいですね。冷え込みで茶色くなってしまうこともありますが。


我が家の小学校区にある木です。
最近は、ほぼ毎年、花の頃見ています。自転車で数分の所ですから。
大木で育っていてほしいけれど、邪魔にされて切られてしまうこともあるだろうなあ。

これから山に行ったら、コブシが白く咲くだろうなあ。


相変わらずネコは 

木登りです。












同じ日、我が家から18㎞先の里山は、まだ梅が満開でした。

下の写真です


こちらは何をしているのでしょうか。下仁田町の道端です。

シイタケ栽培の準備です。切りそろえられた木の幹の白い点々は、植え付けられたシイタケ菌です。

こんな光景、見たことなかったので「写真撮らせてもらっていいですか~」と聞いたら、明るい声で
「どうぞどうぞ、今お茶の時間になるから、一緒に飲んでいきなよ」
図々しくもごちそうになりました。
 晴れて気持ちのいい日、なんだか、歌の一節が浮かんできました。「おお牧場はみどり」
その2番だったか3番だったかです。小学校か中学校で歌ったのではないかな。NHKの番組、「みんなのうた」で放送していたかもしれない。

 ”♬♬ ああ仕事はゆかい 山のようにつみ上げろ ああ仕事はゆかい 晴れた空のもと
  雪が溶けて川となって 山をくだり 谷をはしる 野を横切り 畑をうるおし 呼びかけるよ私に ♬ ”

腰をかがめて重い木を持ち上げたりで、疲れるに違い何ないででしょうが、でも、明るい空、何人かの人たちが明るい声で笑いながらおしゃべりする姿に、ふと心が軽くなりました。

もう何十年も歌ったことのない歌、歌詞は間違っていなかったかなと確かめると、ちょっと違っていました。最後の「晴れた空のもと」は、2番の歌詞で、この歌詞は3番で「みな冬のためだ」。
でも、「晴れた空のもと」の方が、この日にはぴったりです。
 それにしても、子どもの頃歌った歌って、忘れないものです。年寄りの思い出話と言われるなあと思いつつ、子どもの頃の記憶って、楽しい記憶をたくさん持っていたら、人生の宝ものになるなあ、とも思うのです。ほんのちょっとしたことだったりしても、うれしいもの。

 アニメの名作と言われた「アルプスの少女ハイジ」、ご覧になった方もいらっしゃるでしょうか。ずいぶん前に見たアニメの一場面が心に残っています。
おおきなモミの木の下で嬉しそうに見上げるハイジの頭上、幾重にも重なった枝が大きく揺れ、ゴウゴウと音を立てている・・・
その音・その動き、そういえば昔、大きな木の枝が風に大きく揺れるようすを、いいなあとながめたものです。我が家の裏の竹やぶの中の大きなケヤキだったと思います。いや、竹そのものだたのかもしれない。そのようすは、なんだか魅力がありました。心をひきつけるものがありました。ハイジの気持ちが手に取るようにわかるのです。同じように感じた人がいるんだなあとうれしくなり、同時にそうれをこうして表現していることを素晴らしいと思いました。
そういえば宮沢賢治の「風の又三郎」も強い風の描写から始まっていました。

群馬は空っ風で有名でした。家の北側や西側には竹やぶや樫ぐねがありました。
風を防ぐ防風林です。竹は同時にカゴなど養蚕道具を作る材料にもなりました。
強い風が吹くと、その竹や木が大きく揺れ、ゴウゴウと音を立てました。
そんな風土で育ったんだなあ、と、あらためて気づいたものです。

 こんな歌がありました

   だれが風を見たでしょ
   ぼくもあなたも見やしない
   けれど木の葉をふるわせて
   風はとおりぬけてゆく        

今日はこんな優雅ではない、強い風が吹いています。もう少しすると、青葉を揺らす薫風の季節もやってくるのですね。 その前に、種まきをしなくちゃ、です。

2021年3月11日木曜日

春の庭先 生き物が目立ってくるころ


 群馬の荒船山の近く、兜岩山の付近で採集されていた昆虫化石から、日本発のホタル科化石が発見されたこと、お知らせしました。

採集されたのは、この地域で先生をされていた人、仲良しの3名がいました。お二人は亡くなっておられます。ご健在の堀越さんを、展示した下仁田自然史館にお連れしました。ホタルを採集されていた茂木さんの奥様も来られ、お友達も一緒に、見学されました。とても楽しそうでした。
こうして皆さんに喜んでいただけて、うれしい話です。化石採集地は南牧村、その隣が下仁田町です。こうして地域の資料を、地域できちんと保管していくのは、地元の宝物を大切にする気持ちにつながるでしょう。故郷を大切にする気持ちにつながるかもしれません。

 春めいてきました。  植物も動物も、活動を始めます。

庭の一角の、人が踏みつけるような土に、何やらたくさんの穴が。
 いったい誰があけた・・・?

拡大してみます。
 どこかで見たことある?


昔、農家の家の前には広い土の庭が広がっていました。ここにムシロを広げて、コメや麦、豆などを干したりしました。
農作業に必要なスペースでした。
その固まった土に、丸い穴があいていて、ニラの葉っぱなどを差し込むと、動くのです。何かがいる!でも何だか知らないままでした。ずっと後、どうやらハンミョウらしい、と知りました。
でも、その穴には盛り上がった土くれなんてなかったはず。
  では、これは何?

ミミズ、と思い浮かんだのですが、こんな栄養分のなさそうな土に、こんないっぱい寄ってくるのだろうか…と。 
 昨年まではここには、はげちょろの芝生がありました。洗濯物を干すのに、落ちても汚れが少ないように植えたものが広がった場所です。
そこに昨年、アゲラタムという50㎝程になる草花がはえて、なんとなくそのままにしておいたら、芝が消えてしまったという場所。よく見ると、芝生の中にもこんな土くれがいくつか見えました。ミミズでいいかなあ。
 すぐ目の前にも、いろいろ気づくものはあるものです。いつでもどこでも、自然観察、
これって楽しいですよ。
 でもネットで調べたら、「庭の土の穴」というだけで、「何かいる、気持ち悪い!」とかいった反応がでてくるような・・・  そういえば、子どもたち、部屋に飛んできた虫に大騒ぎするなあ。身の回りにはペット以外の生きものがいるのは嫌な子が多いのか・・・。
  そういう感覚、変えてもらいたいです。いろいろな生き物が一緒に生きているのがこの地球の世界。命溢れる地球、とまで言わなくても、身近な生き物を受け入れてほしいですね。

    10月には両手にちょこんと載るくらい小さかった、畑の隅でふるえていた子猫。5ヶ月でこんなに大きくなりました。 かわいらしさは少々減ったけど。                                                 

まわりに田んぼや畑がいっぱいの地方の町でも、「猫は家の中で飼いましょう」と、町の広報に書いてある。でもぴょんぴょん飛び跳ねて、ダッシュで走りまわって、木に昇り降り、このエネルギーは外で走りまわらなければ発散できそうもない。

 こんなた猫たちがかわいいのは、信じきってくれるからなのでは。
「この人どんな人間か」「何考えてるか」「あれこれめんどうくさいな」なんて、考える必要ない。ご飯あげて撫でてあげるだけなのだけれど。子供がお母さんに寄ってくるように、とにかく、なついてくれる。 

 以前同じ職場にいた人がこんなことを言いました。「先生がね、○○ちゃんはいい子なんだけどねえ・・」(成績がちょっと・・という意味)。「だから私言ったの。『先生、できの悪い子ほどかわいいっていうじゃないですか』」。
 出来不出来の評価の目で子供を見ていたら、子どももトゲトゲし、ギスギスした世の中になりますよね。いつも評価されて、競争させられていては、やってられない。

 生きていてくれるだけでいい・・・今日は3月11日、東北大震災の日、そんな思いを味わった人がどんなにたくさんいただろうか。

我が家の猫も、仲良く、楽しく長生きしたいね。




2021年3月3日水曜日

川原のサイカチ と 河川改修

 コロナで外出も控える・・・でも、田舎では外は人のいない所がたくさんあり、散歩にうってつけの場所もあります。利根川の堤防もそんな場所の一つ。

堤防から見た近所の川に、今年は白鳥が5羽、居ついています。そろそろ北へ飛び立つのでしょうか。
ちゃんとカメラ持っていけばよかったのに‥と思いつつ、遠くに何とか白い鳥が写っているのを紹介。お恥ずかしいですが・・
我が家から1㎞少々の所なんですが・・・

ところで、今、玉村町から下流へ、利根川では大規模な河床掘削が行われています。堤防の補強も。もう1年以上も続き、まだまだ続くとのことです。

利根川の川岸から中洲までとにかく一面に土砂をとっています。掘り取る厚さを見てください!背景の水の所は、昨年大々的に土砂をとったところです。
なぜ? 増水した時、堤防内になるべくたくさんの水が流れるようにし、堤防から溢れないように。要するに、洪水を防ぐため。

     下写真は、堤防強化の工事。


 ↑河川敷にはたくさんの木や竹の高い草(オギなど)が生えていましたが、全部伐採。
これから、土砂の撤去を行うはずです。

伐採後に、水を制御するための工夫の木の枠組みが見えていて、へえ~と思いました。
これらすべて、我が家から徒歩で行く範囲の光景です。

この付近で高崎の町を流れてくる烏川が利根川に合流します。その烏川も川の掘削等の工事が始まっています。
最近の大雨洪水被害の多発を受けてか、国土強靭化政策として、かなり多額の予算がつけられてきています。

それにしても、どうやって川を制御するかは、はるか昔からの課題でしょう。
多額のお金が関わる話で、その利権に群がるようなことで政策がすすめられることのないようにと、思わずにはいられません。


ところで、この付近の烏川の川原には、県の絶滅危惧種に指定されている木が生えています。サイカチです。
写真のような、あきれるほどのトゲだらけの木です。幹のあちこちに塊になって生えています。
写真には2本写っていますが、この付近には大きな木も何本か育っています。

         若い木のサイカチの幹のトゲ
絶滅危惧種の調査保全活動をしている方からうかがった話では
*種子をまいて、7年でやっと15㎝ほど
*挿し木をして、5年で1.5mほど 育ったそうです

 育つのに結構時間がかかりそうな。この大きな木はどれくらいの年齢なのでしょうか。
サイカチをを伐採しないようにと、河川課には連絡がされています。

林の左にぽつんと立つ2本もサイカチです。2019年の台風19号の前までは、この付近まで林になっていました。右の林の中にサイカチがたくさんはえています。


  
玉村小学校の校庭には大きなサイカチの木があります。いったい誰がこんなトゲトゲの木を植えたのだろうか?
宮沢賢治の童話「風の又三郎」に、川辺にはえるサイカチが出てきます。もしかして、宮沢賢治を好きな先生がいて、見つけたサイカチを植えたのでは・・などと、想像たくましくしています。
この学校で先生をしていた方が、ご自宅にサイカチを植えていました。どうして植えたのか、お聞きしておけばよかった。ご存命なら、100歳ほどの方でした。

そうか、サイカチは川辺が好きなんだ、と、あらためて気づきました。賢治はきっと、木の性質もよく知っていたのでしょうね。

今、川原はショベルカーとダンプカーの走りまわる場所です。
以前、ここではカヤネズミの巣を見たことがあります。
オギの葉を細く割いて、球形の巣を作り、子育てするのです。小さな小さなネズミです。
     カヤネズミの巣

こうした生きものたち、洪水の中などを生き延びてきたわけですから、どこかで生きていてくれるのを願っています。

この付近ではサケの産卵も見られるとのこと。こうした生きものにも目を向けるようになったのは、比較的最近の話です。
尾瀬の自然保護を言った時、開発の邪魔をするなと「コケと人とどっちが大切か」と批判され、自然保護を訴える人は大変な思いをしてきました。
世界中で生き物が減り、絶滅し、というのは、今の方が深刻でしょう。
時には野生の生きものにも心を向けてみていただけたらと思います。




2021年2月21日日曜日

ホタルの化石 日本初です

だいぶ遅ればせとなってしまいましたが、紹介します。
私たちの参加している下仁田での活動に関連して寄贈されていた昆虫化石から

   「日本初のホタル化石」 発見。

みんなが大好きな”ホタル”ということで、親しみがわきます。 ”日本初”というところが何ともうれしく感じるものです。ホタル化石は世界でも7つしか出ていないのだそうです。
新聞大手各社にも載せてもらっていますが、群馬の方々には目に触れることは少ないと思われる信濃毎日の紙面を紹介します。

コツコツ化石を集めた茂木さん、小さな昆虫化石の同定をコツコツすすめられた田中さん、
おかげでこうした宝が見つかりました。ありがとうございました。
さっそく下仁田町自然史館に展示されています。
小さな化石ですが、小さくても貴重!


春の足音
河津さくらが咲きだしていますね
 高速道路の玉村インター近くの道沿いにたくさん植えられた木も、咲きだしていました。

我が家の近くのお宅のを写真に撮ったのですが・・・
     一応「証拠写真」で、左に紹介。

 桜と言えば、先日新聞で見た川柳に思わず「クスリ」と笑う。
      「梅のあと 桜といって
              口つぐむ」
 解説するだけヤボ。
 ですが、いつまでも嘘とわけのわからない言葉で居直る政治家たちには腹立たしい。川柳で一矢報いている。
 それにしても、こうした川柳を考え出す人達って、ステキですね。私もできたらどんなにいいだろう‥
無理・・でも楽しませてもらいます!

ついでに、ハクモクレンの花も紹介。
もちろん、外ではまだ咲きません。
切り落とした枝を花瓶にさして部屋に置くと、咲きだします。ほのかな香もするのですよ。
一足早い春です。

 コロナで過ぎた一年・・・

昨年の感染の始まりのころ、知り合いの神主さんから、アマビエのお守りをいただいていました。上野12社になる由緒ある神社の神主さんです。
ありがたく財布に入れています。

神頼みしかなかった時代、感染症ではどんなに恐怖を感じる毎日だったでしょうか。

 現政権の得意としてきた「脅しと忖度」では自然は言うことなんて聞いてくれません。
科学の世界です。「科学」と、何度でも言います。
 科学の進んだ今でも、そうは簡単に対処できる相手ではないわけで、神様に祈るのもいいんじゃないですか。最前線で戦っているひとたち、医療関係者、難しい対応に日々神経をすり減らしている様々な職場の皆様には、感謝いっぱいです。
 それにしても、PCR検査拡充など、もう1年近くも前からニュース番組などでいわれているようなこと、コメンテーターが口を酸っぱくして言ってるようなこと、例えばPCR検査の拡充など、なかなか実現しない、広がらない、どうなっているのでしょうか・・・一方で民間検査は広がっている。ワクチン頼み、で手をこまねいている?それも、まだ自国では作れないで外国頼みなのに。自分の国では科学にも教育にも力を入れないで、お金もケチって削減ばかりしてきたのがたたってか・・・

目に留まった言葉やら気になったことを時折ノートに書き留めたりしている。片付けをしていて、ふと、文をみると、面白いというか、・・・

2016年のメモ
森喜朗氏:リオオリンピックへ向けた壮行会で、選手たちが君が代をうたわないと苦言を言ったとか・・こんな人間ばかりがトップに立つ日本って、どうなるんだろう(当時の感想)    

丸川珠代氏:当時環境大臣  石炭火力発電所新設にゴーサイン。環境省のことを、「エコだなんだと言っていればよかった」。メディアのことを「自分の身を安全なところにおいて批判していれば商売が成り立つ。文句は言うけれど何も責任は取らない」
ちなみに、2015年12月、石炭火力新設計画48基だって。何という嫌な国になったのだろう。
(今、企業も環境を考慮しないと、世界から相手にされなくなってきているようだ。消費者がそっぽを向くこともあるだろうが、いえ、資金調達でお金を貸してもらえなくなったり、と。取引してもらえなくなる。石炭火力なんて、非難の的になっている。マスコミ関係者には、命を懸けて取材している人もいるのに。マスコミのおかげで私たちは世の動きを知ることができ、判断の基準を得られるのに)

菅首相 :2017年 官房長時代 会見はすこぶる評判が悪い。曰く「スガ語」
   「そのような指摘は当たらない」
   「まったく問題ない」  (川柳から  この一年、問題ないで耳にタコ)
 2016年 官房長官在任最長を記録したという。あの爬虫類のような冷たい目、イヤだ。バングラディシュで日本人7人がテロで殺されたが、その折、事件を知りながら選挙応援演説に。勝手に危ない所に出かけて、国に迷惑をかけているという考えが透けて見える。どんな時だって「救う」気持ちなんてテンからないのだ。とにかく国民の命を第一に考えていない。国民は自分たちが使う「数」でしかない。一人一人の顔を見てはいない。   ・・・・・などなど・・・
2014年  菅官房長官という人は策士でマスコミ対策をうまくやって‥いやな奴だ。

こんなメモがいっぱい。でも、振り返るのも面白い。何やってんの、と言われそうですが。でも、これからもいくつか紹介しようかな。

春らしいポカポカ陽気です。
みなさ~ん。人のあまりいない野外に行きましょうよ。有名観光地はやめて。
私は近所の里山周辺をふらつくつもりです。

2021年2月10日水曜日

女性をどう見てる?

コロナで行事も外出も控える日々、皆様はどんな毎日をお過ごしでしょうか。
私はグズグズとした毎日・・・

 森喜朗オリンピック組織委員会会長の発言が、世界を巻き込んで話題です。
森氏のような女性に対する感覚がごく普通、という時代を知っているのが私の世代。
理想の女性は、気配りのできる人、やさしく皆を気遣い世話をしてくれる、口答えなんかせず、微笑んでいる人、・・とてもいい人なのでしょうが・・・誰かにとって都合の良い人にされてしまうことが多かったのでは。良妻賢母かな。
 森氏の発言の何がそんなに問題なの?と思っている人、ちょっと感度が低いですね。
二階氏の「オリンピックボラティアを辞退します」といった人への言葉、派遣社員などに対し「お前の代わりはいくらでもいる」という上から目線の雇用者のことがふっと頭をよぎりました。相手への感謝や経緯がみじんも感じられないので。単なる「駒」としか見ていないのでは。
 あの女性蔑視の発言、ちょっと前までなら、笑って済ませられた発言でしょう。事実、発言のあった会議では笑い声があったとか。
 これを問題にして広げているのだから、世の中、変わってきているのだな、進歩があるのだなという感慨もあります。
こんなこと言うと、今の若い女性は「進歩?当たり前のことでしょう」と思うかもしれない。

ひとつ思い出す写真があります。ある本に載っていました。
  「輝いて、しなやかに 物語男女差別裁判の40年」中西英二 著  2002年発行








 二人の男性の表情を見てもらいたい。ふてぶてしい表情。
手前に立つのは、解雇撤回を求める女性。写真は1969年。
新婚早々別居配転され、出産退職を拒否すると「子持ち女は半人前だから」と独身寮のまかないに配転を命じられ、それも拒否すると解雇。
納得できませんと、毎日立ち続けたときのもの。「なぜ子供を産んでも働きたいというだけで、こんな思いをしなければならないのか」と悔しさと情けなさで泣きたい思いだったと。この時から11年、長い裁判を戦った人です。
 中学を卒業後、集団就職で企業内に高校のある会社に。その頃仕事といえば紡績工場くらいしかなく、仕事はきつい。その後会社を変わったりもしたが1967年結婚退職制が導入され、妊娠すると窓際に一人机を移動され、執拗に嫌がらせを繰り返され、出産後出社すると、門を入る事も許されず、配転拒否を口実に解雇・・・
 どうして会社を変わらないの?と聞かれたそうです。「私もよい職場を求め,資格もとり、2度転職しました。でも自分でつかんだ仕事も会社は平気で取り上げる。それならどこへ行っても同じじゃないか。職場を転々としてだんだん給料も下がってしまう人もいますが、私は気づいたのです。必ず職場に戻る、と」地裁に地位保全仮処分を求めた。1969年6月30日のこと。ほぼ半世紀前。人類が月にはじめて降り立った年です。80年2月、和解が実現。実に11年間です。この本が書かれた時、彼女は定年の2年前(2011年)。こんな人がいたのだ・・・ほかにも、たくさんの事例が載っていました。
  こうした人たちのおかげで今がある。この歴史は、若い人にも知ってほしい。

 このころは、女性の結婚退職は当然と思われ、寿(ことぶき)退職とよんだものです。30歳とか35歳とかの若年定年制も普通。
 結婚退職を訴えた最初の裁判は1965年だそうですが、地裁で勝訴,高裁でそれをひっくり返す動きのなか、職場組合はストライキを行ったり・・会社は68年、女子35歳定年制の破棄第2子出産で退職、で和解した。

 中学生の頃、国語と社会を教えていた先生から、結婚退職や出産退職とか、職場結婚したら、二人を遠く離れた別の場所に転勤させる例とかの話を聞いていました。東京オリンピック開催から少しあとの頃のことです。それと同じ事例が、この本に載っていました。先生から聞いた話より後の事例です。写真の人も、その一例です。そんなこと、世の中にいくらでもあったということです。
この先生は、様々な世の中の事、考え方を、授業の合間などに話していたものです。今でもいくつも思い出せます。 感謝です。
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「話が脱線しますが ちょっと一言・・・・
 最近は、授業の進度もすべてのクラスで統一して、学校からの便りで知らされ、それができないと力のない先生と見られるとか、教科書にない実験をやるとお叱りを受けるとか。 「ええー本当?」という話を聞くことがあるのですが。信じられない・・・
 私の通った小学校は通知表もなかった。信じられない、と言われますが、本当です。川に行って一日中石ころを拾ったり何やかや見たりしたこともあったし、村の中を歩いて地域のことを調べたり、なんてことも。授業時間内に学校外の人が来てくれ、たくさんの歌を教えてもらったり。時間割はありますが、結構それを無視した授業がありました。先生がガリ版を切ってつくって印刷した文学作品を読み合って学んだり。教科書でない教材を使ったというわけ。今は、危険だからとマラソン大会の校外練習なんてやらない、火を使う焼きイモなんて無理、その他いろいろ不自由なこともあるような・・・
 工夫はダメ?自分の頭で考えてはだめ?勝手なことするな、そのうえキリのない長時間労働、残業代の仕組みのないのが、気楽に働かせ放題ができることにもつながってしまう・・まじめで熱心が、命を削る長時間労働につながってしまうこともある。そんなバカな話、あってはいけない。
 最近、教員採用試験の倍率が、ひどく低くなってしまっていると、先日の新聞の一面にものっていた。魅力のない職場になってしまっているのだ。教育や文化をあまりにも粗末にしていませんか。今の日本の政府は。
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話を戻します。
 ・私の同学年の女性、短大を出て、銀行に就職。ところが勤務年数が多くなってきたころ、何やかやと言われて、退職を促される・・ついに辞めたら、すぐにパートに来ないかと…「絶対いやだ。人を馬鹿にして!」と。その後ずいぶん経って会ったら、家計を支える仕事として、やはり銀行のパートをやっていた。他地域の銀行ですが、仕事がわかるし、賃金などの条件を考えれば、他の仕事より良かったのでしょう。やめさせられた銀行とは違う銀行だし。銀行が花形産業のころのこと。業務に明るいベテランを非正規として使う・・昔からあったわけですね。たしかに、家庭と両立させるには、短時間労働はありがたいのですが。
 ・1970年代後半か80年代初めでしょうか、あるNHK の大物アナウンサーが、
「トップニュースを女が読むようになったら、俺はアナウンサーをおりる」と言ったとか。これを聞いた時私は「まあ、そんなものでしょう。」と思ったものです。怒るというより、そんな意識の人がたくさんいるわけですから、まあ、普通、と。今では、女性の名前を冠したニュース番組もあるのですが。この方、まだご存命でしょうか。
 今回の森会長の発言など、「たいした問題じゃない」と思っているのでしょう、擁護する人たちは。時代についていってないですね。世界の流れもわかってないですね。そういう人たちが国の方針を決めるというのは、ちょっとまずいんじゃないですか。
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第2章は、男女による賃金格差・待遇格差に戦ったひとたちを取り上げていました。

女性が同一賃金を得られるのは公務員の世界でした。ですが、昇進は?あらためてこの本を見たら、鈴鹿市役所の裁判が載っていました。初任給から昇進、研修…どうせお茶くみと扱われ・・生涯賃金差はマンション1戸、と。
教職は教諭として働き、昇進とか考える必要のない場所だったことも、女性にはうれしい場所であったはずです。やめさせられることもないでしょうし。

写真は金融関係で働く人たちです。
生涯賃金の男女差はマンション1戸分、とありました。定年が男56歳、女46歳、などというのもありました。そういったことに意義を申し立てた方々は、本当によく勉強し、皆で支え合ったようです。


「男性については年功によって全員が副参事(後に課長職)に昇格 する労使慣行があるが、女性に対してこれを適用しないことは、性 別により労働条件について差別的取扱いを受けないと定めた就業規 則に違反する」
裁判でこんなことが認められたことがありました。
芝信用金庫(東京都)で働く女性13人が男女の昇格差別の是正と差額賃金の支払を求め、1987年提訴から15年を経て、2002年最高裁で和解しました。
 芝信用金庫では、男性は入稿後13年から16年でほぼ全員が係長、さらに4から5年で副参事(課長職)に昇進だったとか。ネットを見ると載っていました。
 女性の係長は9名だけ、昇進に12年から36年を要し、さらに課長になったのは1名だけ。

2002年の勝利は、新聞等で大きく取り上げられ、記憶にあります。この本の発行より後のことです。写真は東京高裁勝利の時のものです。

 今、社会は非正規労働の人たちを大量に生んでいます。
ここに会紹介した人たちのように、裁判に訴えることさえできない。だいいち、正規に契約してして働いているわけでなく、スマホで連絡が入ったらそこに行くとか。「日雇い労働者」と言われた人たちが脳裏に浮かびます。コロナの中、路頭に迷いかねない人も生んでいます。
非正規が増えてきたころ、フリーターなどと言って「自分の能力を生かし、自由に働く」などと言って、夢を振りまいていませんでしたか。
非正規を「危ない」と問題視した人たちもいますが、あまりわからなかった…
このころ若者だった人たちの今は‥‥大変な人もいるのでは。

この本の最後は、こうして結ばれています。
「かつて雇用形態差別は女性が圧倒的でしたが、いまは男性にも拡大しています。男も女も人間らしく生き働く社会を作り上げていくことが重要でしょう」
20年前の言葉とは思えない。世の中をきちんと見つめる人には、問題点も、未来も見通せるのですね。

こうした裁判の多くに携わった女性の弁護士がいました。坂本福子さん。1932年生まれ。最初に関わった職場の男女差別問題が女子30歳定年制裁判だったそうです。
やむにやまれず裁判を越した人たちに、どんなに力になった方でしょうか。

ふと思いました。森喜朗氏はいくつ?  1937年生まれ 83歳
        二階幹事長      1939年生まれ 81歳

 職場入り口に立ち、解雇撤回を訴えていた女性のいたころ、50年少し前だから、このお二人、30歳ほどのころ、前に立ってバカにしたような態度をとる男性と同じくらいの年だったりして。今話題のこのお二人、その頃の感覚からそう遠くない人たちのいる場所で、ずっと生きてきたのかもしれない、などと思ったり・・・・

阿部政権で「女性活躍社会」とか言っていたけれど、あれ、最初は「女性活用社会」だったか、そんな言葉で発表していました。あわてて変えたはず。「活用」という言葉を新聞で見て、あきれてしまったので覚えています。何だ、「働くな」と言ってきたのに、人手が足りなくなって「活用」しようと思っているのが本音って、それを正直に表に出してしまうほど鈍感。
そういえば戦時中は工場などで女性も子供も働かせ、男子が返ってくると、また「家庭に戻れ」と追い返したのに。
  「若い人たち、だまされちゃいけませんよ、注意しないと」、と思ったものです。

ーーー うんざりしますので、春の便りを ーーーー

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このたよりもすっかりさぼってしまっていました。
寒いけれど、自然は春を迎え始めています
庭のフクジュソウがほころび始めています。

すっかり冬ごもりだったなあ。
でも、世の中、いろいろあって、
腹の立つことがどっさり。

コロナ蔓延でなるべく家にいる日々。
庭の花がうれしい。

昔、買い求めたツバキ、正月頃からぽつぽつ咲き始め、
やがて木いっぱいにピンクに咲き誇る。
やさしい色合いが好き。
丈夫で、すぐ大きくなり、枝をせっせと切るのですが。

か弱いものは大事にするのに、元気だと邪魔にする。
なんと勝手なことか。   

木の下にはたくさんのツバキの子がはえるのですが、「ツバキは親なし、親と同じのは生えない」と言っていた人がいましたが、この木の子供も、ごく普通の白だったり赤だったりでした。

年末に咲き始めていた「冬至梅」は、もちろんもう満開です。

庭の草をとっていたら、土の中には、もう、水仙などの芽がしっかり育ち、ぽつぽつと土から顔をのぞかせているものもあります。

~~~~~~~~~~
 私はぐずぐずと、「今日何やったっけ」などという日々。一方で医療関係者を筆頭に息をつく間もない人たち、また収入の激減の職種、あるいは仕事を失い住む場所さへおぼつかない人たち、様々な社会状況がひろがっている・・・それなのに株は空前の値上がり・・・もう、私などにはわからない世界で巨額の富を得ている人もいるのだろう・・・・
 とにかくコロナ対策に集中して取り組んでほしいし、みんなが医療を受けられるようになってほしい、世界の中では、忘れ去られたような地域で、飢えをはじめとしたさまざまな困難に苦しんでいる人、子どもに目を向けてほしい。
 まるで中学生の作文のようだと言われそうです。ただの理想を書いているだけで。
でも、様々な情報・映像の飛び交う昨今、多くの人が正しい情報を知り、自分のできることを少しでもできたら、と思うこの頃です。

朝8時からTVの羽鳥モーニングショーを見るのが、日課のような日々。夜はBSTV1930を見たりする日も。こうしたことにずいぶん時間を費やしています。
いえ、費やさずにはいられませんね。
 でも、家にいても、こうして様々なことを知ることのできる現代、それを活かさねば。




2021年1月12日火曜日

利根川の洪水対策  河川改修の様子

コロナ感染、心配です。仕事に行くわけではないわけで、なるべく家にいよう、と。
こんな中、働く人たちに感謝です。特に、人と接する仕事の方々には。


我が家の近くの利根川は、また大々的に工事が始まっています。
  何の工事?
  川の流れる場所の土砂の掘削です。多分堤防強化も。河床を下げることによって、洪水によって川が氾濫するのを防ごうというものです。

ショベルカーが動き、砂利を運ぶトラクターが何台も列をなしています。

玉村町の五料橋から下流は国交省の工事担当区で、昨年、大々的に土砂をとっていて、この地区は終了かと思っていました。


前回の工事場所と同じ付近からもまた土砂を運び出しています。厚さ2mほどもの土砂を運び出した場所です。もう終わった場所と思っていたのですが、まだ少し高かった部分の土砂をとっているようです。橋は五料橋。

この土砂、どこに運んでいるのかなあ。



こちらは五料橋の少し上流。工事担当は群馬県。

さらにすこし上流では、古い堤防だった所を作り直すという話もあるようです。一昨年秋の台風19号のあと、大きな土嚢を2km以上にわたって積んでいます。下の写真の場所はその関連でしょうか。工事は群馬県の担当です。

 気候が変わってきて大雨が増え、水害が多発している今、こうして川にたまった土砂を取り除くのは、防災に役立ちます。堤防強化も必要です。堤防が決壊すると、なんと言っても大災害になりますから。

 でも、ほんの少し間まで、ダム建設は行うけれど、川底をさらうなどということはやってきていないのでは。ダム建設に反対して「それより、川の土砂の取り除きや堤防強化を」と何度も何度も訴え続けた人たちは、まったく無視されてきたと思うのです。ダムで洪水を防ぐという話ばかりで。
 利根川では、八ッ場ダムができたら、手のひらを反すように、これほど大々的に、一斉に川の工事が始まった・・・「国土強靭化政策」で、多額の資金投入がされたわけでしょうか。今までは何だったの?と言いたくなります。どうして今まで、こうしたことを主張する人たちの声に、絶対に耳を傾けようとしてこなかったの?専門家は、必要性はわかっていたわけでしょう。

 大雨災害の頻発する国・日本、突然、「災害対策」とあちこちで言い出ししたような印象を受けてしまうのですが…必要なことで、ありがたいことですが。
 今までダム建設にまい進してきた人たちが、今度はこちらに資金が投入されるやいなやあれこれ言いだして自分の手柄のようにいうとしたら、「川底の土砂の取り除きや堤防強化を繰り返し言っているのに、徹底して無視されてきた方々」にたいして、失礼甚だしい話です。時には、本当に必要なことを言っているのか、目を凝らしていく必要があるのかもしれません。
 近年、毎年のように日本のどこかで大水害ですものね。これに地震災害が加わったりしたら、もう、大変。今はコロナも大変ですし。自然は甘く見てはいけないです。


 五料橋の下流の坂東大橋にかけても、大々的に川の工事が始まっています。
広い川原に大型土嚢が堤防のように積み上げられ、川の流れを制御しながら工事が進んでいるようです。


この付近で利根川には烏川という大きな川が合流し、広い川原を形成しています。すぐ下流には坂東大橋がかかり、その付近の八斗島(やったじま)は利根川管理の重要地点になっています。
河川内の木の伐採

 この付近の利根川や烏川は、50年、60年前の高度成長期には建設資材として川砂利が大量に採取されていました。コンクリートの骨材になるわけで、大量の需要があったと思います。

 あとに残された大きな穴に水がたまった所は、危ないから近づくなと言われていました。もし落ちたら、水底には冷たい水が溜まり、藻がはえていて足に絡みついたら、もう逃れられない…といったイメージは今でも覚えています。 
こんな頃、日本各地でダム建設も進められていたと思います。小学生の頃だからもう50年以上も昔、学校で多目的ダムのすばらしさの話を聞いたのを、なぜか覚えています。世の中で、脚光を浴びていたのでしょう。観光でダム湖に行くのも流行っていたように思います。

 川砂利は不足して、海砂まで建設に使い、海砂はを含むためコンクリートの中の鉄骨が錆びて強度が弱くなり、問題になったと聞きました。
 その後、砂利採取禁止になったり、あるいは、廃コンクリートの利用で、川砂利はなくてもまにあったのか・・・30年近く前にこの地域に住むため戻ってきましたが、川の浚渫をしているのを見たことはないように思います。そんな目で見ていなかったので、はっきりとは言えませんが。中洲や川原にはヤナギなどの木が茂り、大きくなっていました。




遠くに見える川辺の木も、これから伐採するようです。
ヤナギやアカシアの木が多く見られます。


手前の堤防は、強化する作業中なのでしょうか。


実際の感じは、写真ではよくわからないものです。
近くでこんな場所があったら、行って見たらいかがでしょう。


 ところで、川辺の風景が殺風景になって生き物がいなくなってきていることが訴えられるようになり、生きものとの共存をはかる川の管理が言われるようになりました。
流れを直線化して少しでも早く水を流すことだけ考えるのでなく、曲がった流れが作り出す環境の多様性が多くの生きものの生きる場を作り出すことも顧慮するとか、ヨシ原を保全するとか・・・こうしたこと、多少は考慮されるのでしょうか。流行を追うように、以前のことはすっかり忘れ去られて、などということにはなってほしくないです。
 今回の伐採場所は氾濫原に生えるヤナギやアカシアなどですから洪水で流されることもある木で、保全に考慮というほどものではないでしょうが、「生きものの水辺」「水辺の環境学」といったタイトルの本を見ながら、生きものにも思いを馳せてみたいものと、ふと思いました。

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子猫の子の行動,なんだかかわいいものですね。まあ、当然でしょうが。

 自由自在に動く身体の柔らかさ、自分のしっぽで遊んでいる。そういえばまだ立つこともできない人間の赤ん坊も寝転がったまま、自分の足の指を手でいじったりして遊びますよね。
何にでも興味を持ってじゃれついたり潜り込んだりを飽きずに繰り返す。新しいものを見るとすぐ飛んで行ってじゃれつき、かじってみる・・テレビに映った画面にちょっかいを出したり(テレビ壊さないでよ!)。庭の木にはどの木にも登ってみているようだ。心理学者の言うには、人間の子供は低い塀があるとその上を歩くものだそうですが、猫もブロックの低い塀の上の細い所を走っている。人間の子供の場合は、ちょっとむづかしいことを何でもやってみたいという行動なのだそうですが、猫も同じか。こうやって学んでいくんだなア。
いつもぴょんぴょん飛び跳ねていて、ふと見るとコトンと寝ている。しばしお昼寝。
人間の子供も、ご飯を食べながらウトウトしていたりするものです。すっかりくたびれてちょっと眠くなるのでしょう。子供は、人も動物も、みんな同じなんだなと、しばし子育ての頃を思い出したり。

歳をとると好奇心も薄くなくなってきて、新しいことに挑戦しなくなる・・・と、これまた、しばしの感慨。

たかが猫ですが、飽きないものです。
タダで手に入ったおもちゃ、かな。生き物をおもちゃなどと言ったら、叱られそうです。


2021年1月6日水曜日

コロナ禍の新年

コロナに暮れた2020年、感染急拡大で始まった2021年

年の瀬のせまったころ、厚労省が生活保護受給をよびかけたという。びっくり。今まで、窓口で追い返そうとすると、さんざん言われてきたのに。”生活保護は国民の権利です”と。いかに多くの人がこの寒空の中、困窮しているか、それを見過ごすことは、いくらなんでもできなくなっているということか。以下は朝日新聞から。

『コロナ禍で迎える初めての年末年始に生活困窮者の増加が心配されるなか、厚生労働省生活保護の積極的な利用を促す異例の呼びかけを始めた。生活保護の申請は国民の権利です」「ためらわずにご相談ください」といったメッセージをウェブサイトに掲載し、申請を促している。民間の支援団体もこれに呼応して、SNSで一斉に利用を促すメッセージを投稿する試みを25日夜に行った。

 厚労省は22日から「生活保護を申請したい方へ」と題したページを掲載し、申請を希望する人に最寄りの福祉事務所への相談を呼びかけている。「よくある誤解」として、同居していない親族に相談しなくても申請できることや住むところがない人や持ち家がある人も申請できることなどを説明。インターネット上のウェブ広告にもメッセージが表示されるようになっている。』

 いつもは生ぬるいNHKのニュースでも、正月明け、路上生活に陥っている人などをかなり力を入れて取り上げ、その窮状を伝えていた。そういった人たちは、自分が困窮者となるなど夢にも思っていなかった、どのような援助がうけられるのかも、どうすればよいかもわからない、という。 手持ち資金が数十円、1円玉いくつかといった人も。食べ物支給の列に並ぶ人たち、相談の場を作っているNPOによって、やっと寝る場を得ても、生活保護の申請はしない‥何としても自力で生活を立て直したい、離れて暮らす娘に連絡が言ったら心配する、まずは自分で立ち直って、などとつぶやく・・・・非正規で働いてきた若者も、還暦を超えた人も・・・そういえば、数年前、NHKは「ワーキングプア―」という現状を伝えていた。こうした現状に目を向け伝えようとする人たちがいるわけです。カネと時間のある人がお金を落とすことで経済を回そうといったことしか考えられない人たちとの、なんという違いだろうか。生活保護を受けるのは恥だという意識。遊んで金をせしめているとか揶揄する人もいますが、多くはこうしてまじめな気持ちの人たちでしょう。「自助」「自己責任」では、普通の人も、いつ生活できなくなるかもしれない、セイフティーネットの破れ放題の国になっているのだろうか。 新年早々、気が重い。


正月らしく、梅の花を。
神社の入り口にある梅の木は『冬至梅』という種類とかで、ほぼ例年、正月前に花がほころんでいます。
昆虫もやってきていました。
コロナウイルスも”自然の現象”、梅の花もスイセンも”自然の現象”、こうしたものに活かされている私たち。

 自然について、きちんと知ることは大切なことです。




 昨年の10月、手のひらに乗るような小さな子猫が我が家にやってきました。家のわきの草むらに、片目がつぶれたようになっていて、動こうともしません。
5日前に、14年近くも家にいた猫が死んだばかりで、まるで生まれ変わりのような・・・食べ物をあげて数日したら、元気はつらつ、飛び回っていました。今では庭の木にもタタタと登ったり。前の猫も、食べ物を求めて台所に忍び込んで、追い払っても追い払ってもやってきて、すっかり家猫になった子でした。。
 首輪をした猫が家の周囲を歩き回っていました。そのうち子猫を連れていました。子猫を3匹、我が家と同じ姿のが2匹、ちょっと模様の違うのが1匹。その子猫たち、兄弟ですね・・・すばしこくて、見かけるとさっと逃げるし・・・今は姿を見かけなくなりました。親猫は飼猫と思っていたら、もしかしたら捨てられたのかもしれない・・・実は少し前から姿を見かけていて、夏の頃、2匹の子猫の姿を見かけていましたから。猫は飼い主がいなければほぼ生き残れないと思います。写真の子はたまたまけがをして我が家に来たので生き延びたということでしょう・・・本当に,「運」としか言いようのない話。
  ユニセフの報告など見ると、世界には食べ物も足りず、医療も受けられず、おいしいものも食べることなく生活し、いえ、その前に亡くなっている子供たちがたくさんいます。コロナウイルスなど、そんな地域にはどれだけ入り込んでいるかもはっきりわかっていないのでは。

たまたま生まれた国によって、生まれた家によって、こんなにも違いが出てくる…猫ばかりじゃない・・・とにかく、我が家の猫、長生きしてほしいですね。

 猫と言っても、みんな違う。写真の子、食べるものにびっくりしています。
納豆…知り合いの家の猫が納豆を食べると聞いてびっくりしていたら、この子もよく食べる。
 0655というEテレの朝の5分番組がありますが、それにも納豆を食べる猫が出ていてびっくりしたことがあるのですが、そんな猫、いるのですね
ヨーグルト・・・酸っぱいものも好き?
カボチャ  菜っ葉のお浸し  パン  せんべいも食べますね
  ケーキの類も、食べているとかぎつけて、うるさく寄ってくる。

前の猫はこういうの食べなかったなあ。
たかが猫、でも、それぞれ違う。人だって違うの当たり前、と、妙に納得しました。

今年、何とか良い年になりますように。