2014年5月11日日曜日

下仁田の化石 その5 フズリナ 、草花遊び



絵手紙 小林生子さん



   ネギが種をつける季節になりました。
   名産下仁田ネギの産地下仁田でも、
   畑にねぎ坊主が,丸い頭をのぞかせて
       いるのかな。
   今度行ったとき、見てみようかな。
   近所の畑では花粉を運ぶ虫も訪れ、
   穏やかな雰囲気が漂っています。
   

そのままおけば、やがて黒い種がポロポロとこぼれます。









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下仁田の化石 

  フズリナ

昔、理科の時間に勉強して、テストのために覚えた化石といえば、アンモナイトとフズリナ(紡錘虫 ぼうすいちゅう)ではないでしょうか。

下仁田でもフズリナが見つかります。
   実物を見たこと、ありますか? 石灰岩の中に入っています・・・というより、
           石灰岩をつくった生き物のひとつ、といった方がよいかも。

左下の写真は、石灰岩を切ってみがいたものです。丸っこい白い部分がフズリナです。どこでとったものか、さだかでないのですが・・・・・右写真は、風化した岩からフズリナが転がり出たものです。大きさといい形といい、米粒のようなので、米粒石といわれました。いただき物ですが、多分、栃木県の葛生(くずう)のものです。
目盛り1は1mm 内部に細かな模様が見える
米粒みたい・・・いや、ネズミのフンだ、といわれそう


下仁田のは?     下の写真の石のマジックで書いた黒丸の中にみられます。
              拡大した写真がないのですが、今回はこれでご勘弁を・・・・・

平原のフズリナ入り石灰岩
以前、子供たちとハイキング+化石探しの催しをおこなったときの採集品です。
平原(へばら)という、奥まった場所にある集落地域の石灰岩です。

フズリナ探しのコツ
 ハンマーで岩を割っても、割ったばかりの
  新しい面ではよく見えない。
 雨風にさらされ風化した石の表面をよくみる と、小さな渦巻き模様が浮き出て見えます。
    虫眼鏡があった方がいいですね。
 

<フズリナ>
古生代石炭紀から二畳紀末まで(3億5900万年~2億5100万年)生息。古生代の終わりに絶滅。
大型の有孔虫の一種で、炭酸カルシウムの殻(卵や貝殻と同じような成分)をもち、これが化石に。本体は原生動物(アメーバーのようなもの)。形は丸からラグビーボール形で、内部が渦巻き模様。この模様、時代とともに変化が激しく、またフズリナは世界中広く見られるため、時代を知る化石(示準化石)として重要

前回、大型有孔虫・レピドシクリナを紹介しましたが、考えてみれば、フズリナも大型有孔虫でした。

レピドシクリナは新生代中新世・約1600万年前の有孔虫でしたが、平原のものは古生代の化石ということで、3億年とかいった単位の古さになります。
    もっと詳しく、いつの時代のフズリナかを知るには、フズリナの渦巻き模様を詳しく見て、
検討しなければいけないわけでしょう・・・・・私には、見てもわからないのですが。

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古生代の生き物なので、古い時代の岩石の分布する地域で見つかります。下仁田では南部の地域、大まかに言えば、南牧川からそれより南の地域です。
もっと新しい時代の化石のレピドシクリナは、南牧川よりずっと北の地域で見つかっています。

 なお、フズリナは日本各地で見つかります。日本には、石灰岩はあちこちにあります。
セメントの原料になる石灰岩は、現在の日本で唯一自給できる地下資源とのことです。
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 フズリナは紡錘虫とも言います。”紡錘(ぼうすい)”という言葉の意味、ご存知でしょうか?
 紡錘形ならわかるけど・・・
現在の私たちは、たいてい、「紡錘」って何のことだかわかりません。でも、人類にとっては、長い長い間、お世話になったもの、よく知られたものだったに違いありません。
ちょっとネット情報で調べてみました

 紡錘(ぼうすい)  : 糸をつむぐとき、その糸を巻き付ける心棒のこと。
「錘」という漢字は、「つむ」とも読むようです。「つむぐ」という言葉自体もわからないかも。
    「繊維を引き出して、よりをかけて糸にすること」です。

人類の道具の中でも、紡錘は古い部類に入るもので、日本でも弥生時代の遺跡から、紡錘車という部品がみつかっているそうです。この紡錘を改良したのが糸車(つむぎ車)になります。私の祖母あたりの世代になると、養蚕農家では自宅でくず繭から糸を取り、織物もつくっていたと思います。
タンスの奥に、太さが不揃いの糸で織った絹布の着物があって、誰かの手仕事だったのではと思ったものです。
私の覚えている範囲では、くず繭は煮てさなぎを取り出して真綿にしたあと、布団づくりや綿入れづくりのとき、綿の固定に使うだけでしたが。ですが、母は繭を煮て、繭の糸をとる最初の部分、糸口をさがす方法など、話してくれていました。経験があったはずです。
もし100年、200年前早く生まれていたら、私の人生の時間の相当量が、機織りや糸つむぎに費やされていただろうと思いました。私の子供の頃、隣家には、機織り機がおいてありました。我が家の物置のような倉の中には、糸つむぎの道具や機織りの時使う「ひ」(縦糸に横糸を通すとき使う)などが転がっていました。今はなくなっていて、惜しかったなあと思わずにいられません。
多大の時間と労力によりつくられた布は、貴重で、大切にされたはずです。立派な織物は「金・銀・錦」と宝物扱いだったはずですから。      若者たちには想像もできないことでしょう。


高校生物教科書に載っている図
若者たちの頭にうかぶ「紡錘」は・・・・高校で生物を勉強した人は、テストの時覚えたはずの「紡錘体」、「紡錘糸」かもしれません。使い慣れない漢字を必死で覚えたりしたことでしょう。
これは細胞分裂の時に現れる染色体関連の形についた名前です。教科書の最初のあたりにあって、一番基本の分野とされます。必ず勉強します。昔は紡錘って、けっこう馴染みのもので、きっと昔、学者がその言葉を使って名付けたのだろうと想像します。

眠りの森の美女で、王女が呪いをかけられ、指に刺して100年の眠りにつくのは、この「錘」を刺したためだとか。
この頃の女性は、いつも糸を紡いでいたのかも・・・ずいぶん身近ものだったのでしょう。
富岡製糸場が世界遺産登録になるとのことですが、群馬県では、つい最近まで、養蚕、製糸、絹織物づくりが身近な生活がありました。それに関わった方々が、もう少したくさん生きていらして、世界遺産登録を喜んでもらえたらよかったのになあ、などと、ちょっと感じました。

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さわやかな季節、子供と一緒だったら、道端の草と遊んでみませんか

             草花遊びの世界です

<笛になるもの>
口にくわえるのは「キタナイ、ダメ」という人もいるでしょうね。たしかに、イヌの散歩する道端のものはやめた方がいいとは思いますが・・・・      
でも、音が出るのは 楽しい !  本格的草笛は難しいかもしれないけれど、これならすぐできます。
                       唇に振動が伝わって、何だかむずがゆかったりします。

<誰でも鳴らせる、草の笛>

うまく鳴らなかったら、ほかのを取ってまたやってみればいいのです。いくらでもはえているものですから。
もう少し春早い時期なら、スズメノテッポウがよく鳴ります。田んぼや道端にたくさんはえているのですが、写真でみたら、どの草かわかるでしょうか・・・
ちょっとわかりにくい・・・・



ついでなので、カラスノエンドウの仲間を紹介しましょう。
下写真は、近所の川の堤防のに、ほとんど一緒にはえていたものです。
大きいからカラス、小さいからスズメはわかるのですが、「カスマグサ」とは? カラスとスズメの間(ま)だからなのだとか。本当?といいたくなるような名前の由来です。
スズメとカスマが似て見えます。区別の仕方は、実(さや)を見ればすぐわかります。さやの数が違います。2~4個と1~2個です。

 こんな知識でも、ちょっと
「知ったかぶり」できそうです。

























下の、丸いぼんぼんは何からつくったでしょうか。

答えは、キツネアザミから、です。    キツネアザミは、下の写真で見てください。
                                                                               
         

キツネアザミ
キツネアザミ 背の高い、アザミのような花
アザミに似ているけれど、アザミの仲間ではないといいます。
道端などによく見られます。
この花が終わって綿毛になりかけたとき、取ってきて、糸でしばってつくります。
小さな子供ではちょっと無理ですね。
できあがりはなかなか繊細。
作り方は、下図で。

身近な草の名には、カラスやスズメが登場します。
キツネも登場するということは、かつてはキツネも身近な生き物だったのだろうと推察できます。
                                                  



ほかにもいろいろ・・・
シロツメクサの花は、甘い春の野道の香りの記憶なのですが、今見ると、あまり見かけなくなっていました。そんなわけで、四つ葉のクローバーも、なかなかみつからないかもしれません。四つ葉のクローバーはシロツメクサの葉っぱですから。

嗅覚は非常に原始的なもので、
感覚の奥深くに刻みつけられるそうです。本能と直接関係するといってもいいのかもしれません。
というわけで、なぜか懐かしかったり、昔の感覚が呼び起こされたり・・

私には、草刈りあとの香やシロツメクサの甘い香りは、無条件でうれしいです。
こどもたちには、たくさんの香りと、いい思い出をたくさん重ねて、育ってほしいですね。










2014年5月4日日曜日

下仁田の化石 その4  大型有孔虫・レピドシクリナ , アカヤシオ


アカヤシオに染まる西上州の山

下仁田南西部、南牧川から南には古い時代の地層・秩父帯の岩石が分布しています。固いチャートなどの岩石は岩峰をつくり、そこにはツツジの仲間が姿を見せています。
 5月2日に南牧の烏帽子岳に行ってきました。感激するほどの満開のアカヤシオ!



アカヤシオ(アカギツツジ)
この地方ではヒトツバナとよびます


    














 








アカヤシオは、山頂付近や尾根すじに群生しています。この明るいピンクは、何ともいえずいい色。
少し下には、明るい紫色のミツバツツジもポツポツ咲いていましたが、写真を撮り忘れ。同様にぽつぽつ見えるサクラも。
ツツジの花付のよいのは1年おきなどと聞きます。来年はこれほど。たくさんは咲いてくれないのかな・・・

烏帽子山頂は360度の眺望で、山々の名前を次々と教える人もいましたが、私だと間違いだらけになるので、山の名前は無しで、写真だけで。




        



野山の植物を盗掘する人たちがあとを絶ちません。
以前はこの地域でも、こういった花がもっと普通にあちこちで見られたという話を聞きます。
もっと身近な近所の岩壁に、こんな花が咲いていたのでしょうか・・・・・
事実、植物には絶滅危惧種のリストに入ったものがたくさんあります。

自然は国民の大切な財産です。一度破壊すると取り返しがつきません。
皆の目で自然を守り、盗掘を許さない気風をつくりたいと、心から思います。


今回見かけた他の花も、以下に紹介します。 林の木陰に見られる花などです。
フタバアオイの花
フタバアオイ 徳川家の「葵のご紋」はこれだそうです
                   


ハシリドコロ 有毒で有名 花色はシックな趣
ネコノメソウ 湿った沢沿いのどこにでもありそう




エイザンスミレ

シロバナエンレイソウ

ワチガイソウ  小さな花もよく見るとかわいい




ハナネコノメ          
チドリノキ  この葉っぱでもカエデの仲間です。
沢沿いにたくさん見られます
目立たない木の花はほかにもありそうですが、今回はこれだけで
                                             
ヤマエンゴサク
                                         

ところで、この山、登りはじめたら、なんと、沢はいまだに雪にうまっている!北方面向きの斜面ではあるけれど・・・・・
登山道はこの沢沿いにつけられているので、この雪の上を歩く羽目に。群馬県南西部の1182mの山なんですけれどもね。
足元注意で、下りには、「雪の上だから、滑ってもけがはしないよね」などと言いながら歩いていたら、ちゃんと滑って尻餅をつきました。

今年の大雪のために、今になっても雪が残る光景になったようです。例年の今頃は、雪なんて無い、と聞きました。


下仁田の化石   大型有孔虫


レピドシクリナ

有名な大型有孔虫・レピドシクリナ ・・・・ これが下仁田の地層の中でみつかります。
  下仁田自然学校の本と、運営顧問の堀越武男さんのかかれた案内プリントによって、紹介してみます。


大型有孔虫って何?

下仁田の大型有孔虫の写真をごらんください。       写真は下仁田自然学校・下仁田町と周辺の地質」より
大きさに注目・・・目盛りの付いた写真で見ると・・・3mmほど・・・ちっとも大きくない・・・・
 じつは「大型」というのは、「有孔虫のなかでは大型だ」という話。つまり、もっと小さい有孔虫がたくさんあるという話になりそうです。
下の写真は、ガラス板にはり付けて薄く擦り(プレパラートにして),顕微鏡で見て撮影したものです。
                              





この有孔虫のはいった石(石灰岩)のかけらを切った小片が、手もとにありました。
下の写真です。ものさしの1目盛りは1mm



                  どれが有孔虫?

 楕円をつぶしたようなかたちの黒い部分が有孔虫。
     どうして黒いの?・・・・わからないのですけど・・・・どなたか教えてください
  野外では、石灰岩の風化した面で、よく見えます。ハンマーで割った面では、むしろわかりにくいので、まずは落ちている石の風化している表面をさがしてみるとよいかも。

        下図が含まれる有孔虫です
        化石は90%以上がレピドシクリナだそうです。



虻田(あぶた)という地名の場所で産出しますが、ここは新生代の有孔虫の紹介では必ず出てくる地名といえそうです

<これらの化石からわかること>
 地層の堆積したのは第三紀の後半から新第三紀のはじめで、暖かい海だったこと。に
  日本では新第三紀、2,000万年前~1,100万年前のものがみられます。

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この化石を含むのは富岡層群の井戸沢層という地層で、約1600万年前の地層になります。井戸沢層の最下部に火山灰の地層(凝灰岩)があり、この凝灰岩の年代が1650万年と測定されています。ですから、有孔虫のつもった年代は、これより少し新しいことがわかるのです。

井戸沢層は泥岩が主ですが、細粒の砂岩と泥岩の互層のところもあり、虻田では泥岩の礫を含む石灰岩層もみられ、その中に有孔虫の化石がたくさん含まれます。ですから石灰岩といっても、真っ白な青倉の石灰岩とは顔つきが違い、砂の混じった石灰岩です。
また青倉のものは古生代の石灰岩で、虻田のものは新生代で、時代もだいぶ違っています。



l  有孔虫って何?

石垣島の 星砂・・・有孔虫です
アメーバが殻のなかにいて、殻の孔(あな)から体を出しているというイメージ

石灰質の殻を持つ単細胞の生物。
大きさはふつう数mm以下。
たいていは石灰質の殻を持ち、殻にあいたたくさんの小さな穴から、針か手のように体を出して生活しています。
暖かい海の砂浜の砂をよく見ると、有孔虫を見ることがあります。小さなビンに入れて売っている石垣島の「星砂」も有孔虫の一種。
ふつう海にいて、多くの種類は海底にすみますが、浮遊して生活するものもあります。 
   
この仲間は、はるか昔、古生代の最初、カンブリア紀からいたというから、スゴイ。
小型のものなら、いろいろな場所でたくさん見つかるし、進化も早く、どんどん変化するため、今では地層の年代を決めるのに、大活躍しています。特に、浮遊しているものは、広い地域で見つかるので、遠く離れた地域を較べるのにも、とても役立つわけです。
環境によっても種類が変わるので、昔の環境を推定するのにも、便利に利用。
ちいさいけど、すごく役に立っています。
その昔は石油をさがすのにも使われました。





なお、同じような小さい化石・放散虫と混同してしまいそうですが、放散虫の殻は石英の成分、有孔虫の殻は石灰岩の成分・炭酸カルシウムで、まるっきり違います。









  ・・・・ 季節の便り ・・・・・

 絵手紙 小林生子さん
タケノコの季節ですね

土から出てくる姿は、毎年ニュースにも取り上げられます。

このタケノコは孟宗竹で、もっぱら食用。
養蚕地域の農家の裏にあった竹藪の竹はマダケです。
  違いをご存知ですか?
  見分け方を下にのせます。
  ご参考に。

カゴやざるなど、日常生活用品から養蚕の道具まで、様々なものをつくった竹はマダケです。村には竹で器用に様々なものをつくる方がいたものです。

マダケのタケノコはもっとあと、6月ころに出てきます。少し苦みのあるタケノコで、地元の人が食べる程度でしたが、最近は直売の店頭にならぶので、味を覚えた人も増えてきたかも。




 








この季節
  5月のさわやかな風を楽しみませんか

    白い花の房を下げて、アカシアが咲き出しています。世界中どこでも、この花の咲いている
    時が一番いい季節だと聞いたことがあります。本当にそうだと思います。
   


<アカシア>・・正式名はニセアカシア、またはハリエンジュ。「アカシア」は正確には、まったく違う植物をさします。熱帯原産で、アフリカやオーストラリアに多い木のことで、切り花で使うことのあるミモザはこの仲間になります。
ニセアカシアの花は天ぷらなどで食べられますが、葉や実は有毒です。ご注意を。
明治時代、北アメリカから日本にやってきた外来種。お日様がよくあたってじめじめしていないところならどこでも育つ、つまり荒れ地に最初にはえて、緑にしてくれる、そんな木、パイオニアツリーという言葉にぴったりの木。一度はえると次々芽を出し、絶滅困難。じつにたくましい。
川沿いなどにはびこり、現在は要注意外来植物とされて、生態系を乱す困りものと認定されています。在来の植物を追い出し、衰退させてしまうからです。
蜂蜜のとれる木としては重宝されてきたのですが・・・

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2014年4月26日土曜日

下仁田の化石 その3  アンモナイト



下仁田には、古い時代から新しい時代まで、いろいろな時代の化石があるようです。
有名どころの化石もあります。なかでも、いちばんよく名前の知られている化石はアンモナイトでしょうか。


下仁田のアンモナイトはどんなもの?

下仁田自然学校には、化石探険隊が結成されています。
いちばんの目的は、ずばり「アンモナイト発見!」・・・・・・・”化石はアンモナイトばかりじゃない”と言われそうですが。

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アンモナイト発見!!どこにあるかわかりますか?
                              写真 本多優二さん
50年ほども昔の1961年のこと、有志の集まりの跡倉団体研究会の調査中、アンモナイトが見つかりました。ところがその後、化石は行方知れずに・・写真が残されていました。
それなら、アンモナイトをまた見つけようと、2011年、化石探険隊を結成、参加者を募って実施。するとなんと、第2回調査でアンモナイト発見!じつに50年ぶりのことでした。
発見者は埼玉県から二人で参加した母親と女の子。同じ日には小型ですがもう一つ、中学生も見つけました。やってみるものです。

 50年前の化石は崖に下に落ちていた転石中のものでした。今回は地層中からで、これも価値があります。
自然学校運営委員の本多さんは、この化石発見者の隣にいて
「これなんですか?」と聞かれたのだそうです。大興奮だったことでしょう。

このアンモナイトについては、現在、研究中
というわけで、化石がちゃんと見える「もっといい写真」は、研究発表後に・・乞うご期待。実物は下仁田自然史館に展示してあります。


見つかったのはこんなタイプのアンモナイト
ところでこのアンモナイト、解説してもらわないと
「これがアンモナイト・・・?」いわれそうです。
なぜかというと、

★地殻変動の影響で、化石の変形が著しい。ずいぶんつぶれた感じです。
クリッペ(どこからか横滑りしてきた地層で、ひっくりかえっっていたり断層で切れていたりと、大きな変動を受けてきている地層)になっている地層の中から見つかっているということは、相当な地殻変動にさらされたのかも。こうしてつぶれたり変形しているのは、そんな歴史の語り部と思うと、「大変だったねアンモナイト」、といってあげたくなります。

★アンモナイトというと、カタツムリのような渦巻型が思い浮かびますが、何だか違った感じ・・
  ・・・今回発見のアンモナイトは右の写真のようなアンモナイトの仲間になります。

ご存知の方も多いと思いますが、アンモナイトは時代が新しくなるにつれ、カタツムリ型でないものが現れてきます。巻き方がゆるくなったり解けたり、逆に複雑になったり、さまざまなものが現れました。異常巻きタイプなどという言葉もあります。

発見されたのは異常巻きタイプで、巻きのゆるんだパイプ状グループのもの。
日本産としてはめずらしいものとのことです。
  
アンモナイト
中生代のジュラ紀中頃から白亜紀にかけて大繁栄白亜紀になると巻き方に異常なものがたくさん現れてきました。中生代の終わりに、恐竜と同じように絶滅しました。

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下仁田のアンモナイト、素人が見て、見かけが立派なものというわけではありませんし、数もたくさん見つかっているわけではありません。しかも変形が著しい。
ですが、クリッペをつくる地層の時代を詳しく考察するのに役立つという、重要な役割を果たすのです。
この化石からの考察では、跡倉層は白亜紀ではありますが、今まで考えられていたより、少し古くなりそうです。

 このたった1個のアンモナイトを見に、大学の先生が下仁田に来て、研究用に一日かけて写真を撮っていかれました。早稲田大学の平野弘道先生で、研究スタッフ2名と一緒に、撮影機材を持ち込んでの撮影だったようです。化石の保存状態がいいとは言い難いため、苦労されていたようです。
やっぱり、もっとたくさん見つけたい!

跡倉層は今まであまり化石が発見されていない地層です。化石採集に行って、なかなか化石が出ないとがっかりしそうですが、ここでは化石が見つかれば、そのこと自体がすごいわけなのです。
なお、わずかですが、トリゴニアやイノセラムスという、名の知られた化石も見つかっています。これらの化石から、クリッペの地層が白亜紀の地層と判断されてきました。
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じつは今日、4月26日、化石探険隊でアンモナイト探しをしました。総勢25名、うち小学生から幼児が12名、ご家族連れのみなさんがたくさん来て下さいました。はじめはなかなか化石は見つからず、だんだん気分ものらなくなってきた感じだったのですが、一つ発見、するとそのあと、見つかりはじめたのです。そして
  発見したアンモナイト7個!! 今までで一番数が多かった!
どれも大きさは数cmで、殻の一部分が見つかっているのですが、一緒にいらしたアンモナイトを研究なさっている生野さん、うれしそう。「ひとりで探していたら、一生かかります」。
みんなの目はすごい。だんだん化石を見る目も身についてきたようです。小さいかけらなど、最初は化石とわからなかったかもしれませんから。
 他に二枚貝のかけら1個と、植物片やはい跡らしいものも見つかっています。
 みなさんも参加してみませんか。




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 JRが国鉄だったころですからだいぶ昔になりますが、北海道の幾春別(いくしゅんべつ)にお住まいの方に、たくさんのアンモナイトを見せていただいたことがありました。現在の三笠市幾春別、当時は国鉄幾春別駅があり、その駅員の方だったと思うのですが、趣味で化石採集をなさっていたわけです。どういう経過で見せていただいたかも忘れてしまっているのですが・・・
昔のことなので記憶があやふやなのですが、ご自宅に、子供の背丈ほどもありそうな大きいもの(大げさかもしれませんが・・・)から小さなものまで、たくさんのアンモナイトが飾られていました。見事だった記憶があります。どうやって山の中から運んだのだろうと思ったのをよく覚えています。
 北海道は有名なアンモナイトの産地で、こうして楽しみながら、とはいえ苦労しながら採集された方々がいらしたわけです。こうしたアンモナイトを大学の研究者が研究の資料に使っていたりしています。なお、これらアンモナイトの産地は国有林内にあり、国有林の入林には許可が必要という規定があり、化石の持ち出しは原則禁じられていると思います。

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大学で地質学を学ばれ、その後経済分野に詳しい国会議員として長く活躍された工藤晃氏から、アンモナイトと学生のころのノート数冊が寄贈されています。
緻密な観察とスケッチに「、ああ、こうして学んだのだ」と 息吹が伝わるようで、ため息が出ます。鉛筆と万年筆で細かく丹念に描かれたスケッチ・メモ、・文章で、大学ノートがびっしり埋められていました。経済学者と思われていた方の、知られざる一面でした。
スケッチのあるページの一部を紹介させていただきます。

1926年生まれの工藤氏が今日まできちんとこれらを保管されていたことに、深い思いを感じます。若き頃、心血を注いだ記憶なのでしょう。
我が身を振り返ると、まず、まともなノートなんてとってない、保存もしていない・・またため息が出ます・・












現在では様々な研究手法と機器の発達がめざましいわけですが、こうした、人の目による観察と手による記録という基本を見せられた気がします。



















目で見て、手を動かして記録する過程で、人は頭の中に克明に記憶し、考察することができるようになると思えます。
私にとっては、今からでは、目的が、「ぼけ防止」になってしまうかな。





















                                





くの方々を魅了してきたアンモナイトにちょっと会ってみませんか。みなさんから寄贈されたアンモナイトが、自然史館にも展示されています(世界各国のものだったりして、下仁田産のものは少しですが)。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
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自然史館から青倉川沿いの道を車で上流にたどり、最後に少し山にそってうねうねと登ったことがあります。4月上旬です。
思いもかけずステキな光景が広がって、「わあー、いいなあ」
   桑本の集落から少し登ったところです。写真は春霞の季節で、すこし霞んでいますが・
      写真では、風景の良さがよく伝わらない感じで、残念。
この場所には別荘と思われる家がありました。きっとこの光景を見ながら、のんびりと時を過ごしてみたいと思った方がいるのでしょう。

「私の出会ったこんなステキな場所・物」などと、みんなで出しあったら、楽しいかも、などとふっと思いました。
山々のひろがり 左端が鹿岳・右端が妙義、少し遠方には雪をかぶった浅間山も


鹿岳(かなだけ)は迫力ある姿!  安山岩のが噴出した通り道・岩頸です
双眼鏡があったら、きっと、もっと迫力あるのでは

妙義も見えていました

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春の自然は忙しい。1週間たつと、もうまるで違った顔つき。
紹介するにも、何を選んでいいものかと、困ってしまう。
きれいな花は目にとまるでしょうから、川原で見た、見過ごしてしまうような花をのせてみましょう。

このあいだ紹介したオニグルミ、今日は花が咲いていました。河原ではあちこちで見られるのですが、ご存知だったでしょうか。 
ぶらんと下がっているのが、オニグルミの雄花。今になって、雌花もさがしてみればよかった、などと、後悔しているところです。
でも、今まで、雌花を探してみたことなんてなかったなあ。
探してみようっと。

バタグルミという、もう絶滅してしまったクルミを、宮沢賢治がみつけています。大好きだった「イギリス海岸」の地層に埋まっていた化石がこのクルミだったのです。このクルミ、「銀河鉄道の夜」にも登場しています。


  次は、クワの花です。実は知っている人でも、花なんて気にしたことはないのでは。実は食べられますから、ジャムにしたりする人もいるようです。「桑の実」というお菓子屋さんがあったなあ。
園芸カタログを見ていたら、マルベリーという名で売られていました。へえー、桑の実はマルベリーとよぶのか・・・おしゃれな感じ・・・・・・群馬ではドドメなんですけど。この名前だと、突然泥臭くなる・・・
高校生物の教科書では、必ず「桑実胚」という言葉が出てきます。「くわのみはい」ではなくて「そうじつはい」と読みます。受精した卵が成長していく初期のころ、ちょっと桑の実のような形になる時期があるということで名付けたのでしょう。昔、日本では桑の実は、誰でも知っているものだったのだろうなと想像できます。いまでは、子供たちには何だかわからない謎の名前になっています。

話を花に戻します。
図鑑を眺めてみたら、雌雄異株とかいてある・・・雄の木と雌の木があるということ。エッ・・・そうだったの・・・お蚕を飼っていた家に育ったのに・・・なんとも・・・
写真は雄花、雄の木です。写真は養蚕地帯だったところですから、このクワはマグワなのでは。山の中にあるクワは、ヤマグワという種類になります。
なお、マルベリーの解説には、雌雄異株も雌雄同株もあるようなので、品種改良でいろいろあるのかもしれません。花のあるうちに、もう一度、ちゃんと眺めてみようかな。