2020年9月24日木曜日

白露 ・ 田んぼの植物

 

 白露

 急に涼しくなりました。やっと秋・・・
白露という言葉があります。暦の言葉の一つで、秋の気配が露を結びはじめる時という意味でしょうか。
夏から秋への季節の交代の目印とされます。
露ときけば、ひんやりとしたものを感じます。

    「白露に風の吹きしく秋の野は  
          つらぬきとめぬ たまぞ散りける」  小倉百人一首

なるほど、露は秋のものと、人々は感じてきたのですね。


というわけで調べたところ、なんと今年の白露は9月7日。
ちなみに、今年の前橋の最高気温、
9/8 34.7℃、 9/9 は33.9℃、 9/10 30.8℃。 

 もしかしたら、秋の気配はあったかなあ・・

寒露という言葉もあります。今年は10月8日。いかにも秋の深まりを思わせる美しい言葉です。このあたりからなら、朝には美しい水滴をたくさん見られるかも。

先日、白いツユクサを見つけました。
作付けしてない田んぼの中に、50ほどの花が。 ツユクサはあのブルーの花の色がの魅力なのですが、白もあるのですね。
 早朝、朝露を受ける頃に咲きそろうという、みずみずしく露に似合いそうなツユクサの花も、もうじき咲き終わります。

 
 寒露という言葉、紅葉の始まるイメージのようですが、最近はちょっと違うような・・暦には旧暦もありますから、今の気候と較べるときは注意も必要ですが、それにしても、最近の気象は以前と違う。イチョウの葉が黄色くなるのが12月だったり、昔は11月3日に紅葉の見ごろだったはずの所が、もっと後になったり。雨の降り方が苛烈になったり。注意が必要です。

  露の思い出  チカラシバ

露を宿したチカラシバ

 学校へ通う道が舗装してないあぜ道の時代、夏休みが終わるころ、その道はすっかり草でおおわれてしまいました。その草をきれいに刈り取ってもらって、2学期が始まりました。そんな道を歩くと、まわりにチカラシバがたくさんはえていました。素足に触れるとむずがゆく、ちょっといやでした。紫がかった大きな穂はまさに瓶を洗うブラシのよう。踏まれても平気、それどころか硬い土の上にはえ、引きぬこうったって抜けない。”ちからいっぱい”引いたって抜けないから”力芝”。道ばたに、人の踏むような硬い土にはえるので、別名ミチシバ。

 このいかにも生命力のありそうな草が、繊細に美しく見える時がありました。細かな水滴が大きな穂をおおい、輝くときに。いくつもいくつも群れてはえるチカラシバに水滴がきらきら輝く姿は、本当に美しく、同じように水滴に輝くクモの巣と共に心に浮かびます。こんな場所を、素足をひんやりぬらしながら歩きました。毎朝の学校の行きかえりはこんな風景がひろがっていたわけです。
 あの水滴は雨のしずくだったのだろうかと思い浮かべながら、ふと気づきました。雨のこともあったろうけれど、でも、あれは朝露もあったのじゃないかと。朝早く歩くこともなく、朝露のこともまたチカラシバのこともすっかり忘れていました。
 季節の変化を誰かが教えてくれたわけではありません。でも秋の日の朝の冷え込みを、その秋の訪れを、チカラシバが美しく教えてくれていたのかもしれません。

 田んぼのまわりを歩くと、水田の端に花が咲いているの、気づきませんでしたか?
私が子供のころは強力な除草剤が使用されはじめ、こうした雑草は見かけませんでした。このころ、タガメやホタルはもちろん、大きなナマズなどが浮き上がっていたり、その他田んぼの生きものは姿を消していきました。

 今は生物への毒性の少ないものの使用とのことで、水田雑草も見かけます。
じつは水田には絶滅危惧種とされる植物も数種類見られます。みなさんのまわりにもあるかもしれません。そんな時は、博物館などに報告するのもよいかもしれません。あるいは県の環境保護課とかいった所でもいいでしょうか。

ミズオオバコ

2つだけ紹介します。昔ミズオオバコは水路のどこにもあったものです。絶滅危惧種と知ってびっくりでした。シャジクモは生物の教科書に載っているものですが、水田にあるのは、10年ほど前田んぼのまわりを見ていて、はじめて知りました。あとのものは、田んぼ周辺でけっこう見かけます。



イボクサ                 シャジクモ          アゼムシロ(ミゾカクシ) 花はたくさん群れて咲きます
            
オモダカ

近所に田んぼがあったら、ちょっと目を向けませんか。暑いのがちょっと…夏は朝の涼しいときでないと、きついかもしれません。今年はもう刈り取りの季節ですが、来年、思い出したらちょっと眺めるのもいいかと思います。
                        

















2020年9月18日金曜日

 夏がやっと終わる・・・今頃の花

今年の夏の暑さ・・記録的。
自家用で畑を作っている人が言っていました。
「今年はひどかった。毎年こんなだったら、もう、まいってしまう」

そんなわけと言ったら言い訳になりますが、8月が終わってから、やっと今になってブログを開きました。「野道 山道」の名前の由来を聞かれた方がいて、申し訳ありませんでした。

  名前の由来

 下仁田町はジオパーク(大地の公園)という事業で、ジオパークとして指定を受けました。10年はたたないけれど、何年前だったかなあ・・・。下仁田では地質関係に詳しい人が中心の有志(元学校の先生が多かった)での下仁田自然学校という活動が、今から20年前から始まっていて、私もそこに参加していました。そこで、地元ガイドをやりたい人に地質の基礎などの説明ができないかと思ったわけです。きっとほとんどの人に馴染みのない世界でしょうから。
 何か印刷物を作ろうかと思ったものの、「ブログがいいよ」といわれて、なるほど、と。ですから最初の名前は「下仁田ジオパーク地学講座」。そのうち、下仁田を離れての話題をとりあげはじめ「野道 山道」になりました。

 すこし昔の話になりますが、20年ぶりに生まれ故郷に帰ってきたとき、町も自然のようすもずいぶん違ってきているような気がしました。そこでふと思いついて地域の通信として書き始めたものの名前が「野道」。何しろ関東平野の始まる付近の平らな土地で、田んぼと畑の広がる土地でしたから。

 何という名前にしようかなと思っていた時、親しかった人が「”のみち”というのを出していた人がいたよ」と。この人、戦後間もなくからずっと小学校の先生をしてきた人ですから、知り合いの学級通信の名前だったのかもしれません。それが気にいって、「野道」に。
草の繁る、田んぼの中の道を歩いて学校に通った記憶につながり、なんだか懐かしかったのです。
 今度は下仁田の話で山もあるからと、「野道 山道」になりました。名前ひとつにも、思い出ってあるものですね。

 そんなわけで、今回は最近見たものを紹介しましょう。 日付を見ると、ずいぶん前のものもありますが。 

沼田の農家の方から黒いトマトをいただきました。ヘタの方から黒くなるんですね。面白い。
味はとても美味しい。プロの作ったものだから?
中身は普通に赤です。

黒くなった皮の部分は、皮がちょっと硬い。
そうか、いろどりの珍しさが売り物なんだ。食べるなら、赤い皮の方が柔らかくていいけれど、この”黒”は捨てがたい。自家用に作っていて、子供たちのぶんも作っているのだけれど、今年はコロナのせいで、みんな来ないので、たくさん余るのだとか。
おすそ分け、ありがとうございました。

ちょっと山の方に行くと、我が家の周辺にはない花々が見られます。

ウメバチソウ



   アケボノソウ

アケボノソウの細やかな花のつくりにはいつも見とれます。そこで、拡大した花の姿をご覧ください。






湿地でよく見かけるサワギキョウの
澄んだ青紫の花は涼しげです。

昆虫好きの人は、小さな虫にせっせと目を向けます。そこで私も写真を撮ってみました。
ハエ?・・・拡大してみると、細部にまでいろいろ凝っているものですね。

水にはイヌタヌキモが浮かんでいます。食虫植物で、黒い点々は、ムシを捕まえた袋だそうですが、まだ捕まえていない袋は透明っぽい。右側の藻に半透明のちいさな袋、見えますか。
上方中央の少し大き目の塊は越冬芽と言って、これで冬を越すそうです。タヌキモかイヌタヌキモかを見分けるのには、これを見るようですが、私には区別がよくわかりません。


そういえば、こんな小さな貝も見つけています。マメシジミと言います。
これで大人。
あれこれ見つけるのは、楽しいものです。
小さな子供が、身の回りのあれこれを見てはつまんだり口に入れたりしているのと、同じ気持ちかな。

目盛りは1㎜です。


 我が家周辺では、雑草が種をつけ、畑は秋の野菜の準備となっています。でも、私は間に合わない感じで、困ったなア。秋の種まきは、1日遅れると生育が1週間遅れるとか・・・
 夏の暑さですっかり株も疲れ、もうすっかり抜いてしまおうかと思っていたヒャクニチソウが、またきれいな色の花を咲かせていたり。

 毎朝、朝顔がきれいです。
朝顔は真夏の花。でも今頃もきれい。
朝顔には「短日植物」という性質があって、夜の暗さがある時間以上長くならないと花が咲きません。夏の初め、7月初めに朝顔市で売っている鉢植え朝顔は、何時間か暗くして(短日処理)、花芽を作らせているのでは。というわけで、我が家の庭に落ちた種から遅めに芽を出した朝顔、あまり大きくない背丈で、今頃もよく咲いています。早くに芽を出したものは、もう、生い繁って、、風情がなくなっています。遅れて育つのも、またいいものです。
いつのころから我が家に来たのかわからない朝顔ですが、はえてくるのをせっせと削り取らねばならないほど丈夫で、でも、株によってピンクと白の割合がそれぞれ違って、毎年楽しませてもらっています。
 これから秋の花が咲きますね。秋の涼しさよ、さわやかさよ、早く来い です。


 



2020年8月26日水曜日

国宝決定! 綿貫観音山古墳の出土品 展示してます

                              


国宝となった発掘物
  「綿貫観音山古墳のすべて」展

今年3月、国の文化審議会が高崎市にある綿貫観音山古墳の副葬品や埴輪などの国宝指定の答申を出しました。その国宝指定を記念する企画展です。
たくさんの貴重な展示物がみられます・・・9月6日まで

       企画展は7月18日から始まっていたのですが、私は8月の暑さに負けて、
         今になってやっと出かけました。すぐ近くなのに。
         早く行って、みんなに「行って見て!」と言えばよかった。後悔です。
         
 高崎市群馬の森にある群馬県立歴史博物館が会場です。というより、この古墳の発掘物はすべてこの博物館に保管されているのです。
観音山古墳から歴史博物館までは1㎞程の近い距離です。ですが、この古墳があったからここに歴史博物館を作ったのではなく、たまたまこうなったようです。何という幸運。
 ついこのあいだまで「群馬に国宝はない」と聞いていた気がするのですが、
世界遺産になった富岡製糸場が国宝に指定されたのはいつだっけ・・・ネットで調べたら、2014年12月。

 新たに国宝、それも我が家のすぐ近くにあるものが国宝になったのは、なんだかうれしいものです。3346点の出土品が一括して国宝指定、と思っていたのですが、それでよかったかな?

とにかく、盗掘などなく、多くの品々がそっくり見つかっていて、しかも内容が豊富で貴重とのことなのです。

 常設展にも多くのものが展示され、埴輪は見事です。
  
群馬南部地域は近畿と並んで古墳のたくさんある場所です。
この地域で育った私は、小中学校の頃、古墳なんてどこにでもあるものだと思っていたものです。
 
 

埴輪は常設展会場にたくさん展示されています。




 新型コロナの影響で、入館者の規制があります。基本は予約しての来館です。

 9時半開館で、その時間では来館者も少なめ。
普通なら、こうした企画なら押すな押すなの人でしょうに。ましてや、国宝記念の企画。他の地域からの国宝を含めた展示品もあるというのに。
残念というか、・・・・楽にゆっくり見られて、ありがたかったですが・・・




他地域の発掘品も参加しており、そこには国宝も含まれています。

沖ノ島は信仰の島として世界遺産となっています。ここは宗教上、人の立ち入りをを許さないのでしたよね。

奈良の藤ノ木古墳も著名な古墳です。
金銅心葉形杏葉というのは馬を飾ったという馬具。
右下の写真は藤ノ木古墳のものです。


これは観音山古墳の副葬品 馬具


 綿貫観音山古墳は6世紀後半のものと考えられ、全長97mの前方後円墳です。
 1968年から発掘調査が始まったそうです。すると、石室の副葬品がほぼ完全に残っていたというのです。

古墳のすぐ脇の道を仕事で通っていたりと、ごく身近なものだったのですが、「そうだったのか」という思いです。

~~~~~~~~~~~~~~
 ところで、ここには我が家から1㎞程の所で発掘されたものも取り上げられていました。
小学校をつくるために発掘した場所に、貴重な副葬品のある古墳が埋もれていたのです。
しかも2基。
ちょっとうれしいので紹介。
 朝鮮半島由来の太刀や冠、太刀の柄の飾りなど、貴重と言われています。
 これらが展示されていました。



 自分の住む場所に、こんな昔に、朝鮮半島からやってきた人が住んでいたかもしれない、と想像すると、なんだかわくわくします。
よその人間を見れば敵と見て争うというのでなく、文化を伝えて、一緒に暮らしていた人もいたのかもしれない。
1500年前といった時に、どんな人たちが、どんな思いを持って生きていたのか、「やあ、こんにちは」と話ができたら、どんなに楽しいだろうか。




 ところでもっと昔、私が中学生の頃、この地域にあった小さな古墳をほぼすべて取り去り、水田にしたこあとがありました。それに伴って、事前に古墳の発掘調査がなされています。
 学校では授業時間に、一日発掘現場を見て回り、説明をしてもらったことがあります。何しろ、生徒たちの通ってくる地域、すべて徒歩で行ける範囲でしたから、学校から歩いて見学できるのです。
 この時「三角縁神獣鏡」が見つかり、公民館に置いてあったこの鏡も見せてもらい、説明も聞いています。

 その「三角縁神獣鏡」が、歴史資料館の常設展示に置かれてあります。右の写真です。

それにしても、この時の先生たちはえらかったなあ。
感謝します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 綿貫観音山古墳と周辺の地図が掲示されてありました。
我が家近くの発掘古墳は、国宝をもたらした古墳からそれほど遠くない場所、小泉大塚越1号古墳、3号古墳。すぐ隣の田んぼでは、麦の育つ頃、うっすらとなにかの跡が浮かぶといいます。麦の生育状況が違ってくるようです。下にまだ古墳が埋まっているわけです。隣接する小学校の屋上からながめるとわかるのだとか。みてみたいと思っています。
この地域の古くから住んでいた人たちには、もしかして、私のご先祖様もいるかも。
ちょっと楽しくなります。
皆さんも、ご自分の住む場所、故郷などのこと、調べてみませんか。


 ところで、古墳をつぶして行った耕地整理、機械使用に効率的な水田が生まれたのですが、その後コメ余り、減反・・・農家の方々は、工事のための分担金を払ってきましたが「あのお金がなければ、ずいぶん楽だったのに」と、ため息の声を聞きました。1500年も残っていたものだったのに・・
機械の力を手に入れ、比較的たやすくできるようになって行ったことが、人を幸せにしてなかった・・・できるからやるのではなく、それの価値、本当に必要なのかどうかなどを考える事こそ必要なのだ思ったものです。

 歴史博物館のあるぐんまの森は1974年に開園しています。ここはもともと岩鼻火薬庫といって、黒色火薬のやダイナマイトの製造の場でした。1945年まで。年代からわかるように、軍関係の火薬製造に関わっていました。「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」という名称がついていました。
私の母はこんなことを言っていたものです。「昔はド~ンと音がすると、火薬庫がはねたのか、浅間山がはねたのか、といったものだよ」。」そういえば私が子供の頃は、浅間山からの灰が降ってきたことは、たまにはありました。

 近くの場所もいろいろな歴史を持っていたりします。時間があったら、こんな目で見ながら散歩してみてもいいですね。






2020年8月18日火曜日

真夏スケッチ  炎天・オリオン座・マツバボタン

            灼熱の日

   空に                   どこかで
   演説会がある            石が   
   真夏の正午             音を立てて乾いている
   人間には聞こえない声を  
   万物が
   しーんと聴いている            高見 順


暑い・・暑い・・・ きっと人間が作り出した猛暑なのだろう。
          詩人は暑さも、的確に表現してくれます。
  春と秋をあまり感じられなくなってきていると思いませんか。
  このままでは日本の情緒ある自然・四季がなくなってしまいそう。

の降り方も変わってきているようです・・・雨を表すたくさんの語彙がある日本語
    でも苛烈な雨ばかりみていると、雨から感じる情緒も失ってしまいそう     

 雨を表す多くの言葉からは、生活の中で自然を良く見つめた人々のまなざしが伝わってくきます。  小雨 小糠雨 通り雨 村雨 時雨 五月雨 氷雨 慈雨 梅雨 霧雨 
白雨 凍雨 秋霖・・・・・まだまだたくさんあります。

 山道で、木からときおり落ちるしずくに少し濡れながら歩いていた時、これを
「樹雨
きさめ」と呼ぶと教わったことがあります。ぬれるのはそれほどうれしくはなかったはずですが、一緒にいたみんな「いい言葉だねえ、感激!」と大喜び。

 最近のゲリラ豪雨などは、情緒とは縁のない言葉でしょう。いえ、防災のためには役立つ言葉かもしれません。

真夏のオリオン座

 数日前のこと、朝の4時過ぎに目が覚めました。
窓から外を見ると、太った三日月といった形の 月が見えました。そのすぐ近くに、やけに明るい星が見えます。何?
 気づくと、よく知った形の星座が。何だと思いますか・・・オリオン座。そして明るい星はシリウス、少し離れてスバルも見えます。言わずと知れた「冬の星たち・星座たち」。
 真夏にオリオン座を見ちゃった!!
 えっ、夏にオリオン座見えるの??と思った方もいらっしゃることでしょう。

 電気のない時代、陽が落ちれば夜は暗く、人々は月や星をよく見たのは想像に難くありません。おのずと月や星の動きはよく知っていたのでは。

 学校で学ぶ星の日周運動や年周運動など、こうして夏のオリオン座を見たりしたら、理解も進むのでは。むづかしく見えてしまいがちな天体の動きも、こうした事実を見てから考えると、案外親しみが持てて、理解につながるかも。

 ところで、昨年からオリオン座のベテルギウスが急に暗くなったと話題になっていました。超新星爆発を起こすのではないかなどと、話題沸騰。最近では、放出された塵が原因なのではという話が出ているようです。はるか遠くの星のこと、難しいとはいえ、それなり、調べることができるということにも、驚きを感じませんか。


   マツバボタン 

マツバボタン 改良品種かな?

 最近のような夏の暑さには夏バテしてしまう。でも、そんなことはものともせず、庭のそこらにいつの間にかはえ、いっぱいの花をつけていたマツバボタン。日差しに負けない真夏の花。たっぷり光が当たらないと生きていけない植物。
 昔、農家の庭先には、あちこちで咲いていた記憶があります。


ーーーーーーーーーーーーーーー

作家・灰谷健次郎さんの随筆に
マツバボタンが登場していました。

       (児童文学者。2006年逝去。内容の一部を紹介します)

麻里子ちゃん、筋肉マヒが進行してその表情すら読み取れない子… 
道を歩くにもはげしい踊りを踊っているように歩かなくてはならない。


「あんな子、生きとって何の楽しみがあるんやろうな」
などと心無いことを言う人もいる。
でも、朝、養護学校へ行くためのスクールバスまでの数百メートルの道のり、麻里子はたくさんの生命を見つけ、そしてそれと交換しているのです・・・
マツバボタンにも朝の挨拶をする。
「おはようさん」と一本のおしべに触れると、触れてない他のおしべまで真理ちゃんに向かてあいさつする。この生命の豊かさ・・・       
                            雌しべと雄しべ、わかりますか?
ーーーーーーーーーーー

 マツバボタンのこんな性質、知りませんでした。午前中,雄しべは触れた方向に向かって動くのです。やってきた虫に花粉をくっつけるために。午後になると、雄しべは自分から真ん中にある雌しべに近づき自分の花の雌しべに花粉をくっつけます。もし虫が来なくても、何とか種子を作ろうということなのです。なるほど、あんなに咲き誇っていた花も、午後、早々と花をしぼませていました。

 草におおわれると育てなくなってしまうので、この花が咲いていたというのは、どなたかが目をかけて世話をしていたということなのでしょうか。
最近は八重咲のマツバボタンが広まって、雌しべも雄しべも、よくわからないかも。性質もいろいろ変わっているかも。

園芸用の様々な花が広まり、「あちこちにマツバボタン」という光景はなくなりました。

 庭の花にも流行があります。最近は似ているけれどちょっと違う花が植えられています。ポーチュラカと呼ばれます。一昨年は植えていたけれど、今年は植えていないなあ。そういえば、これも雄しべが動くのか、やってみたことなかったなあ。じりじりとした暑さのなか、咲いている花を探しに行く気にもなれず、写真なしで。すみません。
何でも興味を持って、ちょっとやってみる、こんな姿勢が若さを保つ秘訣かもしれないですね。

 いつもいつもコロナと雨・水害の話になってしまうので、夏の点描を書いてみました。

2020年8月7日金曜日

桑畑


  

感染症にかかった時のことに触れて、思い出を書いたことがありました。以前に紹介しました。それは桑畑の思い出とつながっていたそんな遠い記憶。あらためて紹介しようかな、と。25年も前の秋・9月のものです。季節が1か月以上先の内容になりますが・・・

     桑 畑

青空が見えてきました。トンボがたくさん飛んでいます。  
秋が顔をのぞかせて、酷暑の終わったことを告げてくれます。
うれ
しものです。
     ---------------------------------

9月上旬は晩秋蚕の季節。年3回の蚕のはきたての最後のものです。
でも、いったい、今、何軒の農家がお蚕を飼っているでしょう・・・
そこで役場に聞いてみました・・・玉村で18軒。
  注 1995年です。今はゼロでしょう)

そんなわけで桑畑は本当に少なくなりました。
近所に放置された桑畑があります。アメリカシロヒトリ
(毛虫にすっかり丸坊主にされ、草が生いしげり、みじめな姿を見せています。

養蚕地帯だったこの地域もすっかり変わってしまいました。


そういえばこんな歌がありました。

  1、桑畑の繁る葉は      3、桑畑葉は握りこぶし
    亡き母の背に負われ         ふり上げて並び立ち
   苗植えた昔から        畑守るこの私と          
    飛ぶ鳥さえなじんでたが     めぐむ春を求め歌う      

2、桑畑は今荒れて          4、春になったら枝を刈り
   爆音はわら屋根に            かおる葉をかごにつもう
  避けるほどたたきつけ         むくどりも高く舞い
   桑畑は
吹きさらし            この喜び告げてくれ

桑をかごにつんだのはそんなに昔のことではありません。
玉村にはそうして働いてきた人がたくさんいます。
それぞれたくさんの思いを持っていらっしゃるのでしょうね。

ーーーーーーーーーーーーー

40年近く前(今からなら60年ほど前)といえば、まだ伝染病がはやるような時代でした。
遊んでいた近所の子は伝染病で死に、私も重い病状でした。幼い頃のことですが、その時のことでたった一つだけ覚えていることがあります。こんな光景です。

 しっとりとした空気の中、家の前の、
 大きく繁った桑畑の間の道を、母の背に負われていった。
 本当に久しぶりに外気に触れた日なのでしょう。
 大きな葉の揺れる桑畑
 少し湿ったような澄んだ空気・ちょっとまぶしく感じる外の光景・・・

やっと体力の回復してきた子供を、外の空気に触れさせようと、日差しの緩んだ夕方にでも背負ってつれ出したのではないでしょうか。

  幼い日の感覚の奥底の光景がこんな桑畑なのです。

--------------------------

 「かかあ天下」これは働き者で現金収入をもたらした群馬の女性の姿を現した言葉とか。
確かに、おばあちゃんたち働きものです。そのお金を使って男性は賭博などして遊びまわった(これじゃやくざみたいですね)なんてきいたこともありますが、どうなんでしょうね。

 養蚕は群馬県人の気質まで作ってきたのでしょうか。
 今、桑畑がなくなって、私たちの気質もかわるのでしょうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

繊細な絹、シルクの布は本当に美しい。でも仕事でささくれだった手では、糸をひっかけてしまいそう。シルクをまとうのは違った世界に住む人、しらうおのような手の人のような気もして、妙な気分でした。
 今、中国からっとても安くシルクが入ってきています。このシルクは、いったいどんな人たち、どんな女性たちの手を通ってつくられているのでしょうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さわさわと揺れる桑畑、そんな光景が心の奥底の感覚を作っているのかなどと思う。
養蚕地帯で育った人には、そんな共通感覚があるのかもしれません。

今、近所に桑畑は見当たりません。隣にある畑との境に桑の株が2株ほどあって、春になるとすぐに育ってきます。放っておくと太くなって手に負えなくなるので、毎年下から切り取ります。
生命力の強さには感心しますが、邪魔者の気分でもあるのです。歌にある、桑畑を大切にする気持ちは、すっかり忘れ去られているのですが、それぞれの時代の心に想像っを巡らすことを忘れてはいけないと思います。


2020年7月27日月曜日

疫病とお祭り

風通しのよさ

コロナ対策のひとつは・・・密閉空間を避ける、風通しを良くする・・・
 昨今の気密性を高めた家とは正反対
 心がけて窓を開けたりしなければ。

 最近、「風通しのよさの意味」を感じたことがありました。

 我が家の台所の隅には、ジャガイモや玉ねぎを入れた箱がいつもあります。
冷蔵庫に入れる必要のなさそうな季節には、ダイコンやネギ、キャベツ、白菜などいろいろ入ります。
 ずっと以前、30年とか40年といった昔のこと、忙しさに紛れて(いい加減な性格から?)箱の中をろくに掃除もせずにいて、やっと中身の整理をしようと箱をみたら、なんと・・・どろんと腐った野菜の中に、きれいな黄色いグレープフルーツが!!
ミカンならまず最初に腐りそうなのに・・・
輸入品のグレープフルーツにはきっと防カビ剤などが たっぷりまぶされているに違いないと思って、記憶に残りました。

   以前使っていた箱          今使っている箱
 

 最近、いらなくなった箱を使い始めました。箱の底は板状ですが、周囲は穴あきです
これに野菜を入れてみたら、なんだか傷みにくい感じ。
そうか、風通しがいいというのはこういうことか、と。
底まで穴あきでは砂やごみが落ちて飛び散るので、家の中では使いたくなかったけれど、これならOKです。
 こんな単純なことなのに、気づかなかったなあ。
  ただ、こういう箱はあまり見かけないです。

疫病除け

天災は、ただ耐え忍ぶしかなかった時代、人は神様にお願いしました。
私の住むところ、玉村町下の宮でも、そんな風習が残っています。

 毎年7月25日ころ、子どもたちが「麦わら舟」をかついで(リヤカーに乗せて、さらに今は軽トラにのせてだったかな?)、太鼓を鳴らしながら「天王さま(てんのさま)ワッショイ」と掛け声をかけながら村をまわります。各家庭の玄関で
「悪魔っぱらい、悪魔っぱらい(悪魔払い)」と家主の頭の上で御幣(と呼んでいいのかどうかよくわかりませんが)を振り、厄除けのお札を配ります。
写真は25年も前の、この行事のようすです。


 由来は、昭和初期に疫病が大流行したことからです。
古老たちが相談し、八坂神社が災難除けの神様であることから、麦わら舟を奉納し、厄除けをしようということになったのだそうです。各家をまわり終わると、舟は村を流れる利根川へ流し、厄を流し去ります。

 子供たち中心の行事ですが、神社の総代の方たちなどが麦わら舟を作って、当日も一緒にまわってくださっています。例年、暑さでたいへんなのですが、今年は雨続きにコロナ、子どもたちに出歩かせることもまずいわけで、大人がお札を届けてくれました。それに、コロナで通えなかった遅れを取り戻そうと、学校は夏休み返上、子どもは勉強中なのでは。
 この地区には平安時代から続き上野12社となっている神社があり、順番に担当しながら行事などを実施しているので、こうしたことを担当する大人もいるわけです。
 この付近はバブルの頃、住宅が、大量に増えました。
昔からの行事、新しく移り住んだ人には、「?」という気分かもしれません。
家が多すぎて下の宮地区全部はまわっていないのかもしれない・・・・聞いてみないとわかりません。加わるのは男の子だけだし、なおのこと、様子はわかりません。ちょっと古臭いかな。



実は、近くの集落・五料で、大きな麦わら舟を作って流す、大人たちのお祭りがあります。
江戸時代には河岸のあった地域で、水難除け祈願から始まったとされています。

テレビニュースなどにも取り上げられる、少し知られたお祭りとなっています。





すぐ隣の箱石では、疫病除けに「地蔵祭り」があります。
こちらは明治後期、疫病が流行した時、地蔵様をかついで回り、祈願したのが始まりのようです。
お地蔵様ですから、普段はお寺に祀られています。
小さいお地蔵様を厨子に入れ、ロウソクと線香を立てます。
子どもたちは「地蔵様ワッショイ」と掛け声をかけながら地域をまわります。




 我が家からは利根川の川向うになりますが、玉村町藤川には、「すみつけ祭り」があります。起源は江戸時代元禄年間といわれます、疫病がはやった時、転んで鍋の墨が顔についた女性が病気にならなかったことから始まったと言い伝えられているようでこす。
顔に墨を塗った大人や子供が、家々を回って家の人に、ダイコンにつけた墨を塗るという、変わった祭り。墨をつけてもらうと、その年は無病息災、と。
これも、テレビニュースに取り上げられます。
でも私は一度も見たことがありません。
その地域の人で「汚くていやだ~」といっていた人がいたけれど。

昔から、人々は疫病には大変な思いをしてきたことがわかります。
実は私も、幼い頃、「疫痢」にかかったことがあります。すぐ近所の、遊んでいた子は亡くなりました。
お祭りが残されたような疫病のときは、ずいぶん被害がひどかったのでは。

 現在は、グローバル化で、あっという間に世界中に病気が広がる時代になったことを、つくづく感じます。
多くの方の命を奪っているコロナ禍、やはり恐ろしいものです。
気をつけるしか方策がないというところが怖いです。どうぞ皆様も、お気をつけください。





2020年7月12日日曜日

ゆうすげの花

が続きます。しかも災害をもたらす豪雨。科学の発展した現在でも、降り続く雨は、人々の生活を崩します。
 すこし前、BSテレビで中国の歴史をシリーズで紹介していましたが、ふとその一場面が脳裏に浮かびました。初期の王朝のころ(夏あるいは殷?)、雨が降り続き、水害が多発、とうとうその地から人の姿は消え去ったといったような紹介でした。発掘で見つかる洪水の頻発の跡からこうした推測をしています。







 ここ数年の雨量の増加は、海まで温めてしまった人間の仕業なのでしょう。日本の近海は、世界でも海水温上昇の大きい地域とききます。これから何が起こるのか・・

 もう一つ怖いもの、もちろん、コロナウイルス。
ローズマリー 晴、花が咲きます
ローズマリー 春、花が咲きます
人類は病気の脅威にもずっとさらされてきたわけです
 ずっと以前、どこかで読んだことですが、中世のころ、ハーブを扱っている人たちは疫病にかかるのが少なめだったとか。記憶の底の、不確かな情報ですが。
 昨年、我が家のお風呂に、代表的なハーブのひとつ、ローズマリーの枝をポンと入れていました。庭でやたらと育つのですが、切って捨てるだけでは、なんだかもったいないと、おふろにいれてみたわけです。使った後、枝はお湯から出して、そのまま次の日まで置いていました。
だいぶたってからふと思ったのです。
 「今年はお風呂の壁や天井にはえる黒いカビが少ない
   のでは・・」
 もしかして、殺菌効果?
というわけで、今でもせっせとお風呂に入れています。
古来、人々は身の周りのものを利用して、少しでも役立つものを見つけてきています。ハーブはそうしたものの一種。
 ローズマリーがコロナウイルスに役立つというわけではないですが、何かいいことありそうな気もしてきます。家のまわりの株は、枝を切りそろえるわけでもないので、枝が伸び放題ですけれど。 
 春先には、藤色の花が咲きますよ。


 雨と湿気でうっとうしいので、さわやかな色の花を。 
今、庭に”ゆうすげ”の花が咲いています。名前のとおり、夕方に咲き始め、朝には閉じます。 群馬では、榛名湖周辺に咲くのが有名です。
種をいただいて蒔いたのですが、「涼しい所で育つのでは、我が家では無理だろう」と思っていたのですが、なんと、昨年も今年も、咲いてくれたのです。何の手入れもしないのに。
 先日、月見草をいただいたお宅に庭にも育っていました。種から育てたとのこと。
植物も動物もお好きなのがよくわかります。

どんなものも自分で手に取って見たり、育ててみることによって、興味も愛着も生まれます。
 こうしたものがみなさんに愛され、さらに自然に育つ場所を大切にしようと思っていただけることを願います。