| 照葉峡にて |
今年の紅葉は美しいと言われるのに、あまり見に行かなかった。あっという間に時は過ぎる・・
妙義山に行こう、と思っていたはずなのに。
| 利根川中流域 玉村町五料橋付近 昨年、川原に堆積した土砂を2mほども取り去ったのですが、 おなじ場所の土砂をまた撤去しています |
| ここも玉村町。古い小さな堤防を、新しく作り直す工事が始まっているようです。 群馬県の事業です |
| 照葉峡にて |
| 利根川中流域 玉村町五料橋付近 昨年、川原に堆積した土砂を2mほども取り去ったのですが、 おなじ場所の土砂をまた撤去しています |
| ここも玉村町。古い小さな堤防を、新しく作り直す工事が始まっているようです。 群馬県の事業です |
紅葉のたよりが、関東でも平野部に移ってきました。
| マツタケジャゴケ |
最近、地図を見ましたか?
地図が主役の展示~~ 前橋・高崎地区をメインにして
以前にも、「地図見ましたか」と聞いたような気がする。
地図?スマホで見ているよーーー そうそう、スマートフォンが広まってから、きっと昔よりたくさんの人が地図を見ているのでは。手もとにあるスマホであれこれのお店情報を見たりしたり。
「宇宙から10mの大きさのものがわかるんだって」とすごいなあと思ったのはいったい、いつだっただろうか。技術の進歩は著しく、カーナビで迷うこともなく出かけられて家に帰れ、そのナビもスマホでまにあうと、変化もめまぐるしい。(老眼になると、スマホのあの小さい画面では、運転中見るのはちょっと無理と思ったり)
一方で、紙の地図を見ることは減っているでしょう。ましてや、国土地理院発行の地形図など、地図記号を学校で習ってから後、等高線の書いてある地図なんて見たこともない、読み方を知らないという感じでしょうか。
ですが、今ではちょっとクリックすれば得られる情報が、先人たちの大変な努力と苦労のおかげで獲得されてきた、そんな地図の歴史を、地図を作るのがどんなに大変なことだったか、そんな苦労しても作る価値のあるものだということを、知っていただきたいとも思うのです。
話が飛びますが、ここで思いだすのは、下仁田に残されている原三角点のこと。
じつは下仁田には、明治15年という、とても初期につくられた三角点の原形ともいえるものが残っているのです。
●下仁田の原三角点とは、明治15年(1882年)に作られているもの。内務省が全国各地に約50カ所設置したものの一つで、群馬では赤城山頂と下仁田白髪岩山頂に設置されたといわれる。多くはその後1等三角点となり、標識も変わったり動いたりしていて、残っていない。原三角点として発見されていたのは雲取山と米山で、下仁田のものは2000年に発見された。白髪岩は一等三角点には使用されず、忘れ去られていたため、元のままの姿で残っていたというわけ。
●明治16年(1883年)陸軍参謀本部により1等三角点の設置
●明治25年(1892年)東京都港区麻布台・当時の東京天文台の三角点を「三角点原点」と定める(明治16年と25年の方位角観測により原点方位角が決定され、これによって全国に整備された三角点の位置が順次決定されていった・・・原点方位角?なんだかわからないけれど、とにかく大変な努力が必要だったことはわかります)
ちなみに,経度の基準となっているグリニッジ子午線が経度0度と万国測地会議で認められたのが明治17年(1884年)とのこと。世界中で、地図を正確に作るのも、まだまだ曙の時代だったことを感じます。そんな中で日本では三角点(位置の基準)、水準点(標高の基準)といったものが、早くから整備されてきたと、当時こうして三角点や水準点の設置に努力された方々に、あらためて敬意の気持ちを感じます。
他にもいくつもの地図が。1894年、1907年など・・・。1916年(大正5年)のものは陸軍士官学校作成。
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| 目立った市街地があるのが前橋と高崎。鉄道がいかに重要だったかも感じられます。 |

| キノコです |
日本学術会議への菅政権の任命拒否問題でカッカとしているうちに、今日は急に寒い日に。厚地の服を取り出す。気づけばもう、10月も半ばを過ぎている。
それにしても薄ら寒い政治状況。
新聞にも「”いやな感じ”がはっきり姿をみせた”」と。
「意に染まぬものへの警告めいた政治介入は、ひいては学問や表現の自由の首を絞めかねない」と。金と人事で、何でも自分たちの思い通りになると思っているのだろうか。自分たちを何様と思っているのだろうか。他の人に対する敬意がない。ナメている。
「小さな芽がはらむ 深刻な結末」・・・・ こんな見出しの新聞記事でした
歴史に学まねば、再び暗い世をうむ。
秋を感じた日、もみじを見たいなあ、と思いました。天気がもう一歩なのが気がかり。
ところでカエデの種類、たくさんあるの、ご存知ですか。
日本にはたくさんのカエデの種類があり、それぞれが繊細に色づいていきます。見分けられたらいいと思うものの、なかなかわからない。
下仁田地域の検索表を作ったことがあります。こんな感じで大まかに分けてみたら、だんだん区別ができるようにならないかな、と思ったわけです。図がきれいに見えませんが、一応紹介してみます。
下仁田は雪の少ない地域ですが、雪の多い地域には、また少し違った種類があったりもします。オオモミジはなくてヤマモミジになるとか。
ちょっと気合を入れないと、覚えきれないなどと思いつつ、いまだにうろ覚えです。
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カエデの仲間 ●葉っぱの付き方が対性(木には「互い違いに葉っぱのつく
互生の木の方が多い)
●実の姿はどれも似ているが、少しづつ違う。
●葉っぱには、いわゆる「もみじタイプ」でないのもある。
普通の葉っぱに見えるのとか、3枚がくっついて見えるのとか
●標高の違いで、見られるカエデは少し違ってくる
●雪国でみられる種類や、雪の少ない太平洋側で見られる種類などもある
ついこの間まで 「暑い暑い!と言っていたのに・・・・
10月9日の前橋の最高気温は15.4℃。
今年の寒露は10月8日。草木に冷たい梅雨が下りる頃。ですからもともとはこれが平年並みなのかもしれませんが。
長袖、カーデガンをとりだして、とにかく変化についていけない。
「秋物は1週間で首になり」 朝日新聞川柳より
ヒガンバナ
ヒガンバナ(彼岸花)を取り上げてなどと思っていたのですが、のそのそしているうちに花も終わりそう。まあ、のんびりしているのもいいのだから、よしとするか・・・
以前ヒガンバナはも田んぼの畔やお墓でよく見ました。
| 川沿いのヒガンバナ |
白露
急に涼しくなりました。やっと秋・・・
白露という言葉があります。暦の言葉の一つで、秋の気配が露を結びはじめる時という意味でしょうか。夏から秋への季節の交代の目印とされます。
露ときけば、ひんやりとしたものを感じます。
「白露に風の吹きしく秋の野は
つらぬきとめぬ たまぞ散りける」 小倉百人一首
なるほど、露は秋のものと、人々は感じてきたのですね。
というわけで調べたところ、なんと今年の白露は9月7日。
ちなみに、今年の前橋の最高気温、
9/8 34.7℃、 9/9 は33.9℃、 9/10 30.8℃。
もしかしたら、秋の気配はあったかなあ・・
寒露という言葉もあります。今年は10月8日。いかにも秋の深まりを思わせる美しい言葉です。このあたりからなら、朝には美しい水滴をたくさん見られるかも。
先日、白いツユクサを見つけました。
作付けしてない田んぼの中に、50ほどの花が。 ツユクサはあのブルーの花の色がの魅力なのですが、白もあるのですね。
早朝、朝露を受ける頃に咲きそろうという、みずみずしく露に似合いそうなツユクサの花も、もうじき咲き終わります。
寒露という言葉、紅葉の始まるイメージのようですが、最近はちょっと違うような・・暦には旧暦もありますから、今の気候と較べるときは注意も必要ですが、それにしても、最近の気象は以前と違う。イチョウの葉が黄色くなるのが12月だったり、昔は11月3日に紅葉の見ごろだったはずの所が、もっと後になったり。雨の降り方が苛烈になったり。注意が必要です。
露の思い出 チカラシバ
| 露を宿したチカラシバ |
学校へ通う道が舗装してないあぜ道の時代、夏休みが終わるころ、その道はすっかり草でおおわれてしまいました。その草をきれいに刈り取ってもらって、2学期が始まりました。そんな道を歩くと、まわりにチカラシバがたくさんはえていました。素足に触れるとむずがゆく、ちょっといやでした。紫がかった大きな穂はまさに瓶を洗うブラシのよう。踏まれても平気、それどころか硬い土の上にはえ、引きぬこうったって抜けない。”ちからいっぱい”引いたって抜けないから”力芝”。道ばたに、人の踏むような硬い土にはえるので、別名ミチシバ。
このいかにも生命力のありそうな草が、繊細に美しく見える時がありました。細かな水滴が大きな穂をおおい、輝くときに。いくつもいくつも群れてはえるチカラシバに水滴がきらきら輝く姿は、本当に美しく、同じように水滴に輝くクモの巣と共に心に浮かびます。こんな場所を、素足をひんやりぬらしながら歩きました。毎朝の学校の行きかえりはこんな風景がひろがっていたわけです。
あの水滴は雨のしずくだったのだろうかと思い浮かべながら、ふと気づきました。雨のこともあったろうけれど、でも、あれは朝露もあったのじゃないかと。朝早く歩くこともなく、朝露のこともまたチカラシバのこともすっかり忘れていました。
季節の変化を誰かが教えてくれたわけではありません。でも秋の日の朝の冷え込みを、その秋の訪れを、チカラシバが美しく教えてくれていたのかもしれません。
田んぼのまわりを歩くと、水田の端に花が咲いているの、気づきませんでしたか?
私が子供のころは強力な除草剤が使用されはじめ、こうした雑草は見かけませんでした。このころ、タガメやホタルはもちろん、大きなナマズなどが浮き上がっていたり、その他田んぼの生きものは姿を消していきました。
今は生物への毒性の少ないものの使用とのことで、水田雑草も見かけます。
じつは水田には絶滅危惧種とされる植物も数種類見られます。みなさんのまわりにもあるかもしれません。そんな時は、博物館などに報告するのもよいかもしれません。あるいは県の環境保護課とかいった所でもいいでしょうか。
| ミズオオバコ |
2つだけ紹介します。昔ミズオオバコは水路のどこにもあったものです。絶滅危惧種と知ってびっくりでした。シャジクモは生物の教科書に載っているものですが、水田にあるのは、10年ほど前田んぼのまわりを見ていて、はじめて知りました。あとのものは、田んぼ周辺でけっこう見かけます。
| オモダカ |
| 近所に田んぼがあったら、ちょっと目を向けませんか。暑いのがちょっと…夏は朝の涼しいときでないと、きついかもしれません。今年はもう刈り取りの季節ですが、来年、思い出したらちょっと眺めるのもいいかと思います。 |