2017年6月26日月曜日

今しか見られない・・ダム工事? いえ,ダムに沈む遺跡群


八ッ場ダム ? はて・・何でしたっけ?・・・かな・・・

民主党政権時にダム建設中止が打ち出され、マスコミにも大きく取り上げられた八ッ場ダム、今どうなっているか、ほとんどの方はご存じないと思います。
 簡単に今のようすを書けば
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   2015年 ダム本体の工事着工 
   2016年10月より、コンクリート打設工事始まる
   2019年完成を目指す  
  こんな予定が出されています。今はダム本体の工事が進められています。
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国交省は今、盛んにダム建設見学ツアーを宣伝しています。

  [ダム建設で変貌 ツアーは今だけ」
 「国交省 地域活性へ工事見学ツアー」
 「(完成までの)残り3年の 今しか見られない光景をぜひ見に来て」
 「八ッ場工事 見に来て、ホタル観賞や紅葉狩りセット 個人や団体向けツアー」  
 「八ッ場ダム見学のプログラム開始へ  国交省小中学生向けへ」
 「八ッ場ダム 大きさ体感  工事現場ツアー」   
    地元出身の20~30代女性の「コンシェルジュ」が案内
    ツアー代金は無料
    英語版資料も用意     などなど、 新聞紙面に載る言葉の数々です・・

 今しか見られない・・・しかもタダ・・こんないい話はない! って、思いますよね。
でも、ちょっと待ってください。同じように、今しか見られない、料金はタダ、問い合わせればその道のプロが解説してくれるかもしれない、高い学術性のある話が聞ける・・こんな事業が、同じ八ッ場ダム建設地域にあるのですが、ご存じないですよね。新聞等でも目にとまらないし。
この事業の資金を提供しているのは国交省で、八ッ場ダム建設の事業予算にちゃんと入っているのですが。私、案内していただき、熱心で丁寧な説明もしてもらっています。しかも、一度だけではありません。


それって何 ❓
 ダムができると水没してしまうもの発掘中の考古遺跡です。
縄文から平安の遺跡、そして江戸時代、浅間山の天明の噴火による泥流に埋もれた家、畑、寺院などが、今大量に掘り出されています。

天明の遺跡では村全体がそのまま掘り出されているといいます。日本のポンペイ、と呼ぶ人もいます。村の様子がそのまま再現できます。
  調査担当は 群馬県埋蔵文化財調査事業団。
 (最近の発掘では、榛名山の噴火による火砕流に巻き込まれて見つかった「鎧を着た人」の発掘で大々的な報道がされたのが思い起こされます。渋川市北橘町にある事業団の建物で行われたその展示には、私も見学に出かけました。)

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あまり目にはとまらないのですが、今、八ッ場ダム地域の発掘の展示が、北橘町の事業団の建物で行われています。天明噴火に埋もれた村の展示です。
                 
 よみがえった江戸時代の村 -天明三年浅間泥流下の発掘調査から-」展の開催
   5月21日から9月3日まで  7月2日には職員によるギャラリートークがあります
http://www.gunmaibun.org/info/event.html
 
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この地域は浅間山から23kmの距離であり、噴火後1時間足らずで泥流が到達、火のついた岩も流れてきたという話です。川底から30m以上もの高さにある場所に住む人の住居が、この時埋もれました。
 
工事に伴い立ち入り禁止区域もひろがり、遺跡もますます人の目から遠のいていきます。
ですが、
本来なら、もっともっと話題になっていいはずの場所です。

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天明噴火で埋もれた遺跡


埋蔵文化事業団のパンフレット 2015年3月27日 第23号  より
東宮、西宮遺跡は江戸時代の集落の大規模な遺跡が見つかったことで有名です。
たくさんの下駄など腐らずに見つかり、梅干しはそのままの色だったとか。線香が立ったまま見つかったと聞いた覚えもあるのですが、そうだったかなあ・・

 埋蔵文化財事業団のHPをみると、様々な案内があり、例えば、西宮遺跡なら、下のアドレスに案内があり、携帯電話の番号まで記されています。こちらに相談すると、現地案内などの相談にも乗っていただけるようです。私はいつも、設定していただいた見学会に参加させてもらっていたので、詳細は知らないのですが。
 当日は、とても誠実にていねいに解説をしていただいています。きっと、見学歓迎なのだと思います。

西宮遺跡:
http://www.gunmaibun.org/remain/iseki/hakkutu/2017/20170615-6.html

次は石川原遺跡:水を引いてつくった池・築山のある寺院がありました。泥流の流れが強く、建物は流さてしまいました。住職が命からがら山に逃げたという記述が伊勢崎市の古文書にあります。どうやらこの寺らしい。
http://www.gunmaibun.org/remain/iseki/hakkutu/2017/20170615-7.html
 
他にもたくさんあります。発掘調査を始めてみると、この地域は
  ダム湛水による水没地域全体が遺跡だったのです。

縄文の遺跡

 ここにはたくさんの縄文住居跡があります。住居跡などがたくさんあったようで、びっくり。住居跡が何百もみつかっている、など。読み間違ったかな・・などと思ったりするほど。後できちんと資料を見たいな、などと思ったり。
 江戸時代の埋もれた遺跡の下に、あちこちから縄文の土器などが見つかるのです。あいだに、平安の遺跡があったりもするというのがこの地域です。

さらに、特に注目しなければならない貴重な遺跡があります。
 石畑岩陰遺跡(いしはたいわかげいせき)」
  • 大量の縄文土器や獣骨が出土
  • 縄文草創期から晩期まで 1万年以上にわたり、縄文人の生活の場だったことがわかっている
  • 火を使ったあとに残る灰層が厚さ4mにも積もっている。横幅は約40m

    これって、素人が聞いても、大変に貴重な遺跡 ですよね。 

 
発見は1978年、吾妻線落石防止工事の際に発見されました。場所は、ダム本体工事現場。ダム工事に使う砕石を遠くからベルトコンベヤーで運んでいますが、そのベルトコンベヤーの陰になる場所です。水没する場所になります。
八ッ場大橋からの写真
「八ッ場見放台」と称した見学場所がありますが、そこから見渡せる場所になるわけかな。ですがそんなこと誰も知らないし、今思えば、私もはっきりわかっていません。昨年4月の写真があります。左です。少し小さいですが、くらべてみてください。写真の左上部分に見える平らな直線は現在の国道です。ちょうど長いトンネルを出た場所です。

 専門家によれば、発掘には10か月以上かかるといいます。2019年完成という予定が建てられていますが、工事が終わってもその後試験湛水という、水を入れてみるということも必要です。いったいこの貴重な遺跡の発掘をきちんとやる時間的余裕はあるのでしょうか。貴重さを知らせることなく、お茶を濁したような発掘をするなどということはないでしょうか。発掘事業団の方々は、真摯に調査に取り組んでいるという雰囲気は伝わってきますが・・・
 今のところ、この遺跡についての発掘計画は示されていないようです。



-------------うっとうしいかも知れませんが、ちょっと、グズグズ書かせてもらえば-------

 この地域の上流になりますが、約8300年前(縄文早期中葉)の人骨が出土しています。
居家以岩陰遺跡(いやいいわかげ遺跡)といい、国内最古級の人骨です。全国でも数例しかない発見とのこと。日本は酸性の火山灰土に広く覆われ、骨は溶けてしまい残りにくい土地柄です。骨を焼いた跡があるようで、アルカリ性の灰で覆われていたことが幸いしたようです。
 発掘は国学院大により、2015年夏。現地説明会も行われているようです。大きく新聞発表されたのは2016年秋。
 発掘してもその成果を公表できるのは、詳しく調査してからかとは思うものの、2016年の八ッ場ダム本体工事が始まってから、初めて公表された・・と思ってしまうのは、考え過ぎでしょうか。「ダム工事に影響があってはまずい」という思惑が働いたのではなどと思ってしまうのですが・・・
 我が家の近くでは、天明の泥流に埋もれた遺跡の発掘などが何度かありましたが、現地説明会をよく開いていました。こういう時には、たくさん人が集まるものです。多くの人の関心を誘うものなのです。

 石畑岩陰遺跡は、できれば闇に葬りたい?迷惑?
 さすがに闇に葬るのは無理でも、多くの人が目を向ける光の当たる場所には置きたくない・・・?

 美しい花の咲くカザグルマという絶滅危惧種について「工事事務所は扱いに困っている」と、聞いたことがあります。ダムのすぐ近くが自生地でした。もうすぐその場所はほりかえされることでしょう。
いまでも、カザグルマがどうなっているは、まったく知らせませんよね。絶滅危惧種だから、やたらの情報は流せないということはあるとは思いますが。でも、地元に住む、カザグルマの土地の元持ち主も、ご存じないようです。カザグルマをこよなく愛してきた人なのですが。
 移植するという話は聞いたことありますが、うまくいくのでしょうか。たしかに、何も知らせないのが一番気楽ですよね。
  
 八ッ場では昨年度、川原湯温泉宿泊者へ3000円の宿泊費補助を行っていました。
ダム関連工事現場見学会(マイクロバスで移動)または八ッ場ダム事業説明会への参加が条件でした。
 写真入りの「ダムカード」を作成していて、最初の2種類はすでに1万4500枚を配り切り、さらに工事進捗状況に合わせて完成までに計8種類を作る予定とか。愛好家の間で話題とのこと。
 こういったことへの参加には、これほど力もお金も入れているのになあ。
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発掘調査は膨大となり、時間も調査費用も当初想定よりはるかに多くなっています。ちょっと、計画の変遷を
       発掘予算   ダム総事業費 
  1986年  66億円    2110億円
  2008年  98億円    4600億円
  2016年  165億円    5320億円
 
 お金がかかって、迷惑? いえ、貴重なものなのです。「遺跡公園として整備し、残したい」との要望もだされていました。2013年、科学者の会によるものです。
一部を抜き書きしてみます。
「八ッ場ダムの建設予定地という限定された一地域のなかで、縄文時代から弥生・古墳時代、古代、中世、近世、近現代までの集落の変遷とそこでの人びとの営みを系統的にたどることができるという、全国的にも類例のない貴重な遺跡群を形成しています」
  全文は以下です。
      http://yamba-net.org/?p=2323

 一般的に考古発掘では、江戸時代のものは対象にしないと聞いたことがあります。しかし、群馬県では天明の噴火により流れ下った泥流によって埋もれた遺跡が吾妻川から利根川沿いに広くみられ、その記録を文書だけでなく発掘によっても残しています。考古学に携わる方々の熱意のたまものです。

発掘についての詳しい解説が以下にあります。八ッ場あしたの会のHPに載るものです。
発掘についての詳しい経緯が以下にまとめられています。主にこれらを見て、今回の文をまとめました。
  水没する歴史遺産  (やんばあしたの会)
http://yamba-net.org/problem/wazawai/legacy/

私も、見学会の時の記録を少し書いたことがあります。今見ましたら、間違った記述がありました。恥ずかしい・・修正しましたが。
     八ッ場の遺跡発掘
http://geoharumi.blogspot.jp/2016/12/blog-post.html



~~ 季節の話題を少し ~~

 今までちっとも雨の降らない梅雨でした。
ところで、「梅雨に向かう頃は忙しい時」とご存知だったでしょうか。
 ・・紹介するにはみんな時期がすぎてしまった・・・この間も、こんなことを言っていた・・・反省しつつ、少し紹介・・・


 「梅仕事」という言葉があります。  梅干し作る人は減りましたね。でも、梅の木があったり,近所で青梅をいただいたりすると、梅サワーや梅ジャムに。梅に酢と砂糖をいれるだけの梅サワーは、すし酢や酢の物として、とても重宝しています。
 「ラッキョウ漬け」 最近は、ラッキョウ酢なるものを売っているので、ラッキョウを洗って根の部分をとって、放り込むだけ。
 麦刈りは終わり、私の住む付近でも、田んぼに水が張られ始めました。田植えが始まります。ちなみに、すぐ近くの田では水はまだです。全国で一番遅い田植えではないかな、といつも思います。
 プラムが熟し始めました。ビワはすっかり終わり。ビワを食べるには、烏やヒヨドリと競争です。
ユスラウメという実、ご存知でしょうか。熟したのは6月上旬だったかな。赤い小さな実、素朴ですが少し甘くさっぱりとした味でおいしいのですけれど。   
今どきの子が思い浮かべるのは、サクランボだけかな。
   アジサイはもちろん、梅雨時の花です。
 季節のあゆみ、身近に味わってみませんか。


絵手紙は 小林生子さん

2017年6月17日土曜日

みなかみ町 ユネスコ・エコパークに登録 

 エコパーク・・・はじめて聞いた言葉かもしれませんが・・・

様々な文化遺産・自然遺産を守り、共存し、育てようという趣旨の登録事業が進められています。
 なんといっても有名なのが世界遺産ユネスコの事業です。
いつから始まったのかと調べたら、1972年のユネスコ総会で採択されて始まったものです。人類が共有すべき優れた自然・文化遺産の保護を目指しています。私としては、結構最近の話なんだなあ、と思えてしまいます。私、これよりずっとの昔に生まれていますから、ちょっと感慨があります。
自然・文化を守ろうという意識は、結構最近のものなのかもしれません。

 日本では昔から、天然記念物という制度があります。
1919年に「史跡名勝天然記念物」が、1951年に「文化財保護法」のもと、指定が行われています。トキ、カモシカ、屋久島の杉、鍾乳洞の秋芳洞・・・・・
  
 エコパークは?・・・これもユネスコの事業で、1976年開始。
日本語で言うと「生物圏保存地域」。なるほど、生きる環境がなければ生物は生き残れない。天然記念物は一つ一つの指定・保護だけれど、これは地域全体の保全というわけです。世界遺産と違うのは、持続可能な利用により、地域住民へ利益をもたらし、人との共生を目指すこと。

ではジオパークは? ・・・2004年ユネスコ世界ジオパークネットワークが設立される。
 ぐっと最近ですね。これもユネスコの事業
保全・教育・ジオツーリズムを掲げて、地域経済の発展を目指すとうたっています。
生き物や美しい景観より、ずっと遅れて、大地に目が向けられるようになったという感じがします。足元の大地、皆さんに、もっと知ってもらいたいですね。

   前書きが長くなりました。
   新聞報道を載せます。

町長の言葉「登録はゴールではなく、スタート。」
  そう、どんな登録も、実はスタートなんですよね。

喜んでいる皆さんのようす、うれしいですね。頑張ってください。

 このみなかみ町の西部では15年ほど前から、赤谷プロジェクトという活動が行われています。日本自然保護協会・国(関東森林管理局)・地元(地域協議会)・有志(サポーター)が共同で自然に向き合った活動を行うというものです。林野関係と自然保護協会が手を結ぶというのは、画期的なことだったとのことです。むしろ、対立関係が目立つ関係だったということですから。

 自然を保護する所と、利用するところを設けていますから、エコパークの理念に合致しています。「緑の回廊」というのは、野生動物が行き来できる「道」ともいえる自然のつながりを残した場所。どこかが断ち切られると、その場所から先には移動ができなくなってしまい、生き物分布が分断されてしまい、たいへんな悪影響となります。
 下図が基本構想です。
難しいこと言ってますが、仲間とこんなところを歩いていると、いろいろなものに出会えて、文句なく楽しいわけです。多くの人がそんなことを味わえたら、それだけでも大きな成果ではないでしょうか。
左の写真は、モリアオガエルの産卵の様子。産卵は普通、夜や早朝に見られるようですが、これは昼間。雨が降り出しそうな空模様で「いやだなあ」と出かけたのですが、その曇天が幸いして、こんな光景が!!
ところで、最初に見つけたの、私です。
すぐに声をあげて、立派なカメラをもっている人を呼びました。 この場所に夜に出かけるのはちょっと難しいので、幸運でした。

 このプロジェクトが生まれたのは、日本中がリゾートに浮かれていた時代の後です。
日本中に、ゴルフ場・山にはスキー場・海にはマリーナが作られていたとき、ここにも、大手資本によりスキー場が、それからダム建設も計画されていました。一部地元住民と自然保護団体などから反対運動が始まり、結局、どちらも取りやめになりました。当時は市町村合併前で、ここ新治村としては、大きな開発で潤うと思ったのに、と、自然保護協会等とは良好な関係とは言えなかったようです。ですが、今となれば、スキー場は負の遺産となったことでしょう。取りやめることとなり、感謝だったのではないでしょうか。
 ゴルフ場も南部の地域に作られていましたが、今は廃止となり、取り壊しが進んでいます。周囲は太陽光発電のパネルが林立していますが、ここも太陽光発電の場となるのかな。

 そんな歴史も知っているものとしては、エコパーク登録は喜ばしいものと思います。
 温泉もたくさんあり、とはいえ、必ずしも客が多いとはいえなかったりと、いろいろ浮き沈みはあります。ですが、ユネスコに認定されたことを励みとして、どうぞ頑張ってください。その頑張りが 自然を守ることにつながり、人々が自然を大切にすることを学ぶことになるのですから。
  ちなみに、エコパークの数は世界では670、日本のその他のエコパークはちょっと名前をはしょって書けば 志賀高原、白山、只見、南アルプス、屋久島・沖永良部、大台ケ原、綾、祖母

最後の二つなんて、聞いたこともない名前でしょう・・ 価値を見出していくことが大切と思う次第。 
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おまけの話
 世の中にはいろいろな登録があります。
・「世界農業遺産」ご存知ですか。FAO(国連食糧農業機関)が2002年設立。日本も8地域登録。「能登の里山里海」「トキと共生する佐渡の里山」など。
・以前に紹介した「世界かんがい遺産」 これは”国際かんがい排水委員会”。設立が1950年の団体といいますから、由緒ある団体です。2014年にこの遺産を創設。

世界中で文化を大切にし、先人の努力・苦労をたたえようという機運が沸き起こるなら、これは素晴らしいことと思います。たくさん賞があると、「なんだ」と価値を低く見る人もいるかもしれませんが、ここに挙げたものは、どれもしっかりとした基礎を持つ団体のものであり、大切にするべきと思うところです。

2017年6月7日水曜日

取らずに大切にしよう・山の花

梅雨入りだって・・・
 さわやかな初夏をもっと楽しめばよかった・・と、いつものことながら、後悔・・・

この季節、群馬の北部地域では、野生のランが咲き始めています。

  山に咲く美しい花
エビネ
サルメンエビネ

どちらも園芸好きの人なら、よくご存知の花。
とにかく堀り取られて、今では自然ではめったに見られない・・。右は一昨年の写真。
コケイラン (昨年の花)
花の時期はもう少し後


これらの花、特にランの仲間は数が激減し、多くが絶滅危惧種に指定されている状況です。



ギンラン ササバギンランかも・・





 30年近い昔、札幌近郊に住んでいたころのこと。
近所には広大な平地林・野幌森林公園があり、そこから続く林が公園から外へ、周辺へ広がっていました。
我が家から歩いて15分も行けば、そんな林の中を歩くこともできました。
 小さな子供を抱え仕事も忙しくても、それでもちょっと自転車で林に出かけることもできました。

 サルメンエビネ、コケイラン、ササバギンラン・・
そんな花をそのころ覚えました。群馬では少し標高の高いところにはえる植物も、札幌では平地に普通に育ちます。
 林のわきを通りかかると、さわやかな香りが漂ってくる‥林の中をのぞくと、コケイラン・トケンラン・サイハイランといった野生ランの花の穂がたくさん伸びていました。
香りはトケンランだったかな・・? どれも特に珍しいとは感じられず、たくさんありました。摘み取って花瓶に入れたこともあるのですから。
 丸い白いつぼみはヤマシャクヤク。ほんの数日で散ってしまう花。茶花として好まれたとかで、なかなか上品な花。

 そのころJR新札幌駅を中心に開発が進み、そんな林も次々に削られ、住宅地・団地に変わっていきました。にぎやかで活気のある町がうまれるわけですけれど・・・花たちがあまりに痛ましくて、いくつか掘り取って庭に植えたりもしました。
 全国各地で里山などが次々開発されていた時代でした。ゴルフ場もあちこちにつくられていった頃です。近所の方で、土木関係の技術者の方が言っていました。「花いっぱいの場所を見て、これをつぶすのかと・・」。

 多くの植物が絶滅危惧種となってしまっている今、多くの人が、こういった自然を大切にする心を身につけてほしいと思わずにいられません。

湿地では 絶滅危惧種がいっぱい   
 ・・・群馬北部では、尾瀬を筆頭に、泥炭湿地が点々とあります。
      
群馬北部にある、泥炭を持つ湿地
貧栄養のこうした場所には、特別な生き物が見られることが多い
湿地に咲くカキツバタ
イヌタヌキモ
袋で生き物をとらえる食虫植物。
獲物が入ると、袋は黒くなります。

 周囲の草地・林にも、様々な生き物
アワフキムシ どこにでもいるけれど
今どきの子供は知らないかも

クロサンショウウオの幼生。
エラが出ていて、「ウーパールーパー」みたい・・
モリアオガエルの卵塊
もう産んでいました。産卵はこれからが本番


モリアオガエル で~す。かわいいよ
モリアオガエル  後ろを向かれてしまった

ギンリョウソウ  葉緑体を持たず、
キノコの仲間の助けを借りて栄養を取っている



こんなの、見かけませんか。
キツツキですよね・・・きっと・・




水辺は生き物の息吹がいっぱい。
たくさんの生き物が見られます。
ですが、こんな場所に住むものは、他の場所では生きられないものも多く、弱い立場になります。

そんなものたちとも一緒に生きていくことが
大切。

こんな生き物の世界、知ってほしいですね。



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 6月6日頃は 芒種(ぼうしゅ)とか。芒という字は「のぎ」。
長いノギの大麦
「のぎ」・・・ご存知でしょうか。麦の穂に一面についている細いはりのようなもの・・特に、大麦では目立ち、とてもきれいです。
今、麦秋の光景が広がります。







 



群馬南部地域は二毛作を行い、ちょうど今頃が麦の刈り取り時期。梅雨の雨と競争で刈り取ります。
 もう暑い時期に入り、麦刈りはとてもつらい仕事でした。働くことをいとわなかった母が言っていたものです。「麦刈りは おそろしいよ」。
乾ききった麦の刈り取りは、汗とほこり、チクチクと肌を刺すノギ・・・
 芒種とは、ノギのある作物の種をまく時期と書かれていますが、私にとっては、麦のノギの見える頃です。それに、いまごろ種まきなんかしません。

初夏は立夏から芒種までの時期で、5月初めから6月はじめまでとか書かれてありました。
私の勝手な解釈では、八十八夜のころから麦刈りのころまで、つまりお茶摘みのころから麦刈りのころまで。  いい季節だよね。
   さて、梅雨と真夏に備えねば。