2020年4月30日木曜日

スナヤツメ あごのない魚

毎日家にいる生活ですが、一方で懸命に働いて、命を生活を支えてくれる人たちがいる

コロナ禍の中、医療関係者の方々の大変さには頭が下がります。
医師たちがテレビにも頻繁に登場して訴えるようになりました。
・倉持仁医師、言葉以前に、TVの向こうから緊張感と怒りが全身から立ち上って伝わってくる。
  診断の流れができていない。PCR検査はやる気があればもっとできる。
  間に保健所を入れるシステムは早く切り替えよ。国や自治体に危機感がない
・岡田晴恵氏、もうずっと以前から、「発熱外来を作って、医療関係者には早くに
  アビガン投与をして」等、言い続けている。彼女の言うことが少しづつ認められてきているどうしてこんなに実現が遅いのか。やると言っても実現しない、あるいはできない理由をあれこれ言う。それより何とかしてよ、と言いたくなる。
どんな国のどんな政府を持っているかで、死ぬか死なずにすむかが変わってくると、つくづく思うこの頃。

こんな中ですが、自然の豊かなこの時期、気分を変えるにも、身近な自然の様子などを紹介してみようかと。

スナヤツメをはじめて見ました 

知り合いが我が家に来ました。(コロナによる外出自粛の前です)
「ナナツメ持ってきたよ」
ナナツメ?」
 水の中にいるのは、うなぎのようにひょろっと長い、長さ15㎝弱のもの。
「ヤツメじゃないの?」
なにしろ、頭の先はすっぱり切れたようになっていて、吸盤のように壁に張り付いている。
目の後ろにはいくつか穴のようなものが見える。ヤツメウナギが頭に浮かぶ。
 「いいや、ナナツメだよ」
穴のようなものは、たしかに7つ。でも、眼を入れれば8つ。




 右の写真、お目眼パッチリなのですが、調べたら、実はこれは産卵期になるころのおとな、
それまでは目は閉じているのだそうです。
7つの”目”の時期が長いのでしょう。だから、見つかるのは”目”が7つ。

 目の見えない生活を送ってきたのかあ・・・不思議。
 目が開いたころからは、食べ物も食べず、産卵したら命は終わりなのだそうです。


ところで、ガラス越しに「口」を見ると・・・

口と言っても閉じることもできない形で、円形の中に歯が見えます。


これって、閉じることができない「口」。
なにしろ顎(あご)がないのです。だから無顎類というグループに分類されます。その中の円口類という仲間のはずです。
 



丸い口は閉じられない 歯が見えている


ずっと以前ですが、ヤツメウナギの干物をもらったことがあります。この時、口をしっかり見ました。ですから、こんな丸い口、馴染みがありました。ウナギとついているけれど、ウナギの仲間ではないのです。


 無顎類ってすごく原始的な魚の仲間で、はるか昔に地球上に現れて栄えたはずですが、今では円口類以外すべて絶滅。ちょっとネットで見たところでは、5億2000万年から5億5000万年ほど前に出現したとありました。細かい数字には異論もあるでしょうが、とにかく、古い。「魚の仲間じゃない」という人までいるようです。  
 まさに「生きている化石」。
鰓穴が7つ 

 仲間のほとんどが絶滅した中で生き残ってきた円口類、現在に至るまでに、どんな大変動の中をしぶとく生き延びたのだろうか。
人類は今、ウイルスの脅威にさらされていますが、こんな脅威もきっと何度も受けながら、命をつないできたのでしょう。がんばって生きていってね。

 ところでこの魚、すごく減少していて絶滅危惧種に指定されています。環境省で絶滅危惧Ⅱ類、群馬県で絶滅危惧Ⅰ類。川に返した方がいいよね、というわけで、県の絶滅危惧調査の魚に関わ人っているを紹介してもらって、話を聞かせていただきました。
 最近スナヤツメは2つの種類に分けられることがわかって、群馬には両方いるのがわかってきたのだそうです。とはいえ肉眼ではわからない差。分布が混乱するので、必ず元の場所に返すようにしてくださいとのこと。もともと冷たい水に住むので、夏になったら我が家では生きていけないだろうな。それよりなにより、産卵したら命は終わりとのこと、目の開いたこの子は産卵期のはずで、もうそれほど長くは生きないのでしょう。
 うれしいことに、最近増えてきたそうです。私の住む玉村町にもいるとのこと。

魚を持ってきてくれた人も、昔は玉村でも見たことあるよ、と。もともと、昔はけっこういたよ、と。
 この地域に一緒に生きている生き物のこと、新しく一つ知りました。

元の場所に返してあげました。どうぞ子孫を残していって下さいね。
写真は返した場所です。



「また見つけたよ」という人がいたそうです。「大事なものだから、食べたりしちゃだめだよって言ってね」と言ったら、「あれは苦くて食えねえんだよ」。 
昔、食べてみた人はいるんだろうな








2020年4月11日土曜日

里山は緑と春の花いっぱいなのですが





あなたは手洗いできますか?

コロナウイルス、感染者の増加に心配は尽きません。
手を洗えない人たちが世界にはたくさんいる、と前回書きました。
以下はユニセフの警告・・私たちの世界は、「実はまだこんな状態なのだ」と思い知る。

  • 30億人がせっけんで手を洗えず(世界人口の4割に当たる)
     コロナウイルス感染防止のための最も安価・基本的なことすらできない   
        現在の世界の人口は76億人、ちなみに1960年の世界人口は30億人       
              私が生まれたときから、世界人国は,なんと3倍ほども増えている。 
  •  世界の学校の47%にせっけんのある手洗い施設がない      
         (生徒は9億人)
       サハラ砂漠以南のアフリカの都市部では63%
       中央・南アジアの都市部で22%

   この場所で、子供たちはどんな生活をしているのでしょうか
   こんな世界、変えたい



野山は春なのですが
 ウイルスを抑えるには、とにかく出歩かないこと。
 東京のような都市部では公共交通機関に乗るのにもためらいが・・・
 
群馬では公共交通機関の利用は大変不便で、多くの人が車を持って乗っている状態。
仕事に通うにもマイカーが必要という世界です。
 (高齢者の免許返上は、生活の足のなくなることを意味するのではありますが)。

 そんなわけでしょうか、新聞にも、人のあまり行かないような場所の桜の紹介がのっていました。どうせ車で移動するし、現地でも首都圏のように人がたくさん集まるほどではなく、ストレス発散の意味もあるし、見に行ってもいいだろうということでしょう。



 春の花の調査もあって、お年寄しか住んでいないといった里山的場所に出かけました。野生の植物には絶滅しそうなものがたくさんあり、その調査を全国で県単位で行っています。そのお手伝いです。
 早春に咲き、木々の葉が繁るころには姿を消す植物たちがいます。今しか調べられないのです。美しい花も多く、春の妖精・スプリングエフェメラルと呼ばれる植物たちです。
カタクリ、ニリンソウ(写真の花)もそのなかまになります。






ほとんど人に会わない場所なら、マイカーでの出歩きはかまわないでしょう‥というわけですが、
東京方面で、外出自粛の方々には、ちょっと申しわけないです。





 今はお年寄しか住んでいないといったこうした集落、例えば急斜面山の上のこの場所は、かつては峠越えの中継地点だったりしたわけでしょう。木材や炭も売れ、生活の成り立つ場であったわけです。
 坂道の上り下りも自給自足も、楽になれた今の私たちにはできないような苦労を伴なうものだったでしょう。



桜の咲くころの里山が大好きです。
坂道を登っていったら、急に、花盛りの集落が目に飛び込んできたりすると、桃源郷に迷い込んだような気がしてきたものです。







 
 桜の咲くころ、こういった地域はサクラ、ハナモモ、水仙、ツツジなどに彩られます。
自然の花ばかりでなく、人の手で手入れされた花・木々も花盛りで、美しいのです。

地元の皆さん、よく手入れをされているのです。

 







だんだん廃屋が増えて、手入れのされていない所も増えているように思います。
集落に住んでいるのは3軒、お年寄3人だけと言っている人もいました。



木々の芽吹きが山を薄緑に霞ませるころ、こうしたところを訪ねてほしいです。













でも、今年はダメなのですね。
写真でちょっと味わっていただけましたら。

ごく普通の田舎の山道の
道端の光景です。






















2020年4月7日火曜日

感染症のこわさ

コロナウイルスに振り回される毎日

  私たちは感染症のことを忘れていたかもしれない・・・
  感染症は克服した、と、心のどこかで思っていたかもしれない。
  少なくとも、大変なのは途上国の話であって、私たちにはあまり関係のない話と
    思っていなかったか・・・・
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 60年ほど前と言えば、日本でもまだ伝染病のはやるような時代でした。
呼び方も、感染症ではなく、伝染病。
幼いころ、疫痢(えきり)がはやりました。遊んでいたすぐ近所の子は死に、私も重い症状でした。幼い頃のことですが、その時のことでたった一つだけ覚えていることがあります。こんな光景です。

  しっとりとした空気の中、家の前の、大きく繁った桑畑の間の道を
  母に背負われていた。
  本当に久しぶりに外気に触れた日なのでしょう。          
大きな葉の揺れる桑畑
  少し湿ったような澄んだ空気・ちょっとまぶしく感じる外の景色

やっと体力の回復してきた子供を、
外の空気に触れさせようと、日差しの緩んだ夕方にでも背負って連れ出したのではないでしょうか。
幼い日の感覚の奥底の光景にこんな桑畑があります。
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 当時、お医者さんが心配して地域をまわってきて、早い段階で見つけてくれて、それで私は助かったと母が言っていました。当時ですから自転車で、よくてバイクでまわっていたことでしょう。私はしょっちゅう扁桃腺をはらす子でしたが、いつもそのお医者さんにかかっていました。先生のお顔も思い浮かばないですが、マスカットのような薄い緑色の実のなるブドウ棚と、ちょっと洋風の、多分外壁の板を白く塗ったような雰囲気の医院のイメージが脳裏に残っています。
 平地の玉村町なのですが、その村はずれの桑畑の広がる中にポツンとある家は、昔、伝染病の人を隔離するための場所だったなどと聞いたこともありました。

 今、疫痢という病名は耳にしません。赤痢の一種のようなものらしいですが、昔はこれが多くの子供の命を奪ったそうです。母の姉妹となる子も、疫痢で1人、なくなっています。桃を食べて、と聞いて、「桃?」と思ったものです。
 夫の姉は、ごく幼い頃、しょう紅熱で亡くなっています。この病気でも多くの子供が亡くなりましたが、抗生物質により治療が容易になり、病名としてもこの言葉は使わなくなっています。。野口英世、北里柴三郎、志賀潔・・・パスツール、他にもあったかもしれません。
 抗生物質の出現によって病原菌との戦いに勝ったと思ったわけですが、自然はそう甘くなかった・・・抗生物質には耐性菌が現れるし・・・ウイルスというもの正体もわかってきたとはいえ、対応には苦慮しているわけです。
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 ウイルスでの死亡は、第一次世界大戦下のスペイン風邪が有名。多くの死者を出しています。
ところで私は、ウイルスというと、累々と横たわるうさぎの死体も脳裏に浮かぶのです。
これは、爆発的に増えたウサギの退治に、ウサギの致死率の高いウイルスを利用し駆除した時の写真です。これを見た時、ざわっとしました。怖い・・・・
 ネットで調べた話では、以下のようです。ウサギのいなかったオーストラリアに、ウサギ狩りをしたいとイギリス人が持ち込んだウサギ,たった25羽だったそうですが、あと言う間に増えて手が付けられなくったといいます。1859年の25匹が1940年代には8億匹。他の大陸と地続きにならなかったことから独特の進化を遂げてきたオーストラリアの生きものに大打撃を与え、絶滅に追い込まれた種も多数という事態。何とかして退治しようとしてもうまくいかず、ウイルス利用を試み、95%を駆除。しかし残り5%が免疫を獲得して、またふえる・・・
 生態系の破壊についても、ウイルスの動きでも、実におそろしい話です。

ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」は高く評価された本で、人類史の中での争いで、勝敗を決めたものをあぶりだしています。その一つが、その社会が持つ病原菌。
一瞬「えっ?」と思う話です。ですが、思い起こせば、インカ帝国がヨーロッパ人の持ち込んだ天然痘ウイルスによって大打撃を受け、滅亡につながった話は有名です。ヨーロッパの人々は家畜の飼育により免疫を獲得していたが、中南米の人々に、免疫はなかった・・・

新型ウイルスに、医療関係者が非常な危機感をもつのが理解できます。
私たちも、心していかねば・・
 
手洗いが励行されています。
アフリカなどの途上国が心配になります。
なぜって、途上国では、以前から「手を洗いましょう」というキャンペーンが行われ、最も効果的なのは、学校で子供たちに教え、それが家庭にまで広がることだと、せっせと子供に手洗いを教えたりしているのです。また、トイレをつくろうと活動したり、きれいな水を手に入れるにはどうしたらと苦慮したり、日本人なら当たり前のものが手に入らない人たちがたくさんいるのです。
全世界に広がったウイルス、こうした国々の人たちがどうなっているかも、どうぞ忘れずに目を向けていただきたいものです。
ぱらぱらと探して、ユニセフ報告2016年のものですが、手洗いについての記事を紹介します。ベトナムという、水のある場所で、これ・・・水の乏しいアフリカの地域などは、どんな状態でしょうか・・・女の子は水汲みに何時間も費やし、学校にも行けないなどということだってあると聞きますから・・・。