2020年9月24日木曜日

白露 ・ 田んぼの植物

 

 白露

 急に涼しくなりました。やっと秋・・・
白露という言葉があります。暦の言葉の一つで、秋の気配が露を結びはじめる時という意味でしょうか。
夏から秋への季節の交代の目印とされます。
露ときけば、ひんやりとしたものを感じます。

    「白露に風の吹きしく秋の野は  
          つらぬきとめぬ たまぞ散りける」  小倉百人一首

なるほど、露は秋のものと、人々は感じてきたのですね。


というわけで調べたところ、なんと今年の白露は9月7日。
ちなみに、今年の前橋の最高気温、
9/8 34.7℃、 9/9 は33.9℃、 9/10 30.8℃。 

 もしかしたら、秋の気配はあったかなあ・・

寒露という言葉もあります。今年は10月8日。いかにも秋の深まりを思わせる美しい言葉です。このあたりからなら、朝には美しい水滴をたくさん見られるかも。

先日、白いツユクサを見つけました。
作付けしてない田んぼの中に、50ほどの花が。 ツユクサはあのブルーの花の色がの魅力なのですが、白もあるのですね。
 早朝、朝露を受ける頃に咲きそろうという、みずみずしく露に似合いそうなツユクサの花も、もうじき咲き終わります。

 
 寒露という言葉、紅葉の始まるイメージのようですが、最近はちょっと違うような・・暦には旧暦もありますから、今の気候と較べるときは注意も必要ですが、それにしても、最近の気象は以前と違う。イチョウの葉が黄色くなるのが12月だったり、昔は11月3日に紅葉の見ごろだったはずの所が、もっと後になったり。雨の降り方が苛烈になったり。注意が必要です。

  露の思い出  チカラシバ

露を宿したチカラシバ

 学校へ通う道が舗装してないあぜ道の時代、夏休みが終わるころ、その道はすっかり草でおおわれてしまいました。その草をきれいに刈り取ってもらって、2学期が始まりました。そんな道を歩くと、まわりにチカラシバがたくさんはえていました。素足に触れるとむずがゆく、ちょっといやでした。紫がかった大きな穂はまさに瓶を洗うブラシのよう。踏まれても平気、それどころか硬い土の上にはえ、引きぬこうったって抜けない。”ちからいっぱい”引いたって抜けないから”力芝”。道ばたに、人の踏むような硬い土にはえるので、別名ミチシバ。

 このいかにも生命力のありそうな草が、繊細に美しく見える時がありました。細かな水滴が大きな穂をおおい、輝くときに。いくつもいくつも群れてはえるチカラシバに水滴がきらきら輝く姿は、本当に美しく、同じように水滴に輝くクモの巣と共に心に浮かびます。こんな場所を、素足をひんやりぬらしながら歩きました。毎朝の学校の行きかえりはこんな風景がひろがっていたわけです。
 あの水滴は雨のしずくだったのだろうかと思い浮かべながら、ふと気づきました。雨のこともあったろうけれど、でも、あれは朝露もあったのじゃないかと。朝早く歩くこともなく、朝露のこともまたチカラシバのこともすっかり忘れていました。
 季節の変化を誰かが教えてくれたわけではありません。でも秋の日の朝の冷え込みを、その秋の訪れを、チカラシバが美しく教えてくれていたのかもしれません。

 田んぼのまわりを歩くと、水田の端に花が咲いているの、気づきませんでしたか?
私が子供のころは強力な除草剤が使用されはじめ、こうした雑草は見かけませんでした。このころ、タガメやホタルはもちろん、大きなナマズなどが浮き上がっていたり、その他田んぼの生きものは姿を消していきました。

 今は生物への毒性の少ないものの使用とのことで、水田雑草も見かけます。
じつは水田には絶滅危惧種とされる植物も数種類見られます。みなさんのまわりにもあるかもしれません。そんな時は、博物館などに報告するのもよいかもしれません。あるいは県の環境保護課とかいった所でもいいでしょうか。

ミズオオバコ

2つだけ紹介します。昔ミズオオバコは水路のどこにもあったものです。絶滅危惧種と知ってびっくりでした。シャジクモは生物の教科書に載っているものですが、水田にあるのは、10年ほど前田んぼのまわりを見ていて、はじめて知りました。あとのものは、田んぼ周辺でけっこう見かけます。



イボクサ                 シャジクモ          アゼムシロ(ミゾカクシ) 花はたくさん群れて咲きます
            
オモダカ

近所に田んぼがあったら、ちょっと目を向けませんか。暑いのがちょっと…夏は朝の涼しいときでないと、きついかもしれません。今年はもう刈り取りの季節ですが、来年、思い出したらちょっと眺めるのもいいかと思います。
                        

















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