2021年7月24日土曜日

少なくなった植物たち

コロナで出かけることもままならず
それに加えて、暑い!!  さらに加えて言えば、大雨・・・世界中で・・・
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 野生生物の中でひっそり暮らしていたウイルスが、開発で人と接して人間世界で猛威を振るう結果になったのが、今のコロナパンデミックと聞きます。
猛暑や巨大台風・大雨は、これはもう、世界が認めた「人が引き起こした温暖化」の影響。

 私たちの生活も運命も、自然と切り離せないのを感じるこの頃です。理科の勉強は嫌いだったという人も多いでしょうが、好き嫌いよりなにより、まずは自然を肌身で感じ、知る事が基本、と思うのです。
 怖い世界ではなくてもいいので、自然を知るのは、命を守る上でも大切と、じわじわと思い知らされる昨今です。

そこで、 きれいな花の世界 から



山沿いの集落に行ったら、ヤマユリが満開。
どんな場所かと言えば、単純に、道端。
きっと家の人が昔、植えたのでしょう。
いや、自然に生えたのかも。何しろ屋根の上で咲いていたこともありましたから。

 あまり花のない季節に、とにかく豪華で素敵。  もう少し標高の高い所では、8月に咲きます。

   
   
 こういった地域では、かつては山で働く人も多く、近所の山で咲く花を自分の家に持ってきて育てることも普通の事だったようです。
 
 岩壁のある地方では、岩につくイワヒバをよく見かけます。
園芸種もありますし、あちこちで売ってますが、かつては地元の山で取ってきて育てている場合が多かったわけです。
 左の写真もそんなものの一つで、育てていたら、わきからウチョウランがはえてきたとのこと。左下のピンクがかった花です。
ウチョウランブームがあって、みるみる消えていった花です。今では人工栽培が進み、ホームセンターでも安価に売られています。
イワヒバの鉢を道端に置いていたら、いい株の鉢が盗まれたとか。何とも寂しい話です。

 地元の方が自分の家で趣味として育てているくらいなら採っても影響はないでしょうが、遠くから人が来るようになると、手の届くような場所のイワヒバは採られて無くなっていきました。観光地の岩肌では、はるか上の方にしかイワヒバが見られないのでは。
さらに、売ればお金になることから、ますます野生の植物は抜き取られ、そのために絶滅危惧種になった植物も多数あります。
                          
これはクマガイソウ。昔撮った写真です。
昭和50年頃、近所からいただいて、育てていたとのことですから、40年から50年前のことです。
今では空き家が増えて、育てていた家でも、クマガイソウはみんな絶えてしまっているとのこと。
 最初どこからやってきたかはわかりません。山から採ってきたのが始まりなのではと思うのですが、その頃育てていた方は皆さん亡くなっていますので、今となってはわからないわけです。
ただ、この地域の付近では、あちこちで育てていた家があったと聞いています。
(国でも群馬県でもレッドデータの絶滅危惧Ⅰ類)


こちらはアツモリソウ。
今から30年ほど前に撮った写真。
父親が40年ほど前に山から採ってきたとのこと。その父親は10年前に他界し、花は現在はありません。
その頃は興味もなかったので、詳しいことは不明、とのお話でした。
(国の基準で絶滅危惧Ⅱ類、群馬県の基準で絶滅危惧Ⅰ類)
 
アツモリソウもクマガイソウも、今では野生のものはほとんどみつからないようです。
 今でも育てているお宅のものがあったら、もとは野生種の可能性もあるかもしれません。
 どこでも育つわけでない気難しい植物です。大切にしてください。





 桐生の山にあるカッコソウは、そこにしかない貴重な植物で保全活動が行われており、現在は採取禁止です。昔、山から採ってきて庭で育てているお宅が地元にはあるわけで、これも大切にされています。遺伝情報を調べるには、こうした、昔採取されたものも大切になります。

 もっと普通の雑草みたいなのにも絶滅危惧種ってあります。我が家の近くに、カワラサイコがあります。利根川、烏川の堤防に咲きます。
ヘビイチゴの花みたいですね。でも咲くのは春でなく、写真は7月23日です。
こんな花では、わざわざ取ってきて植えようなんて思いませんね。
国のレッドデータの基準には載っていませんが、群馬県では絶滅危惧Ⅰ類です。


 


もう一つ、これも河原に生えている木。
サイカチといい、これも国の基準にはありませんが、群馬県では絶滅危惧Ⅰ類です。

こんなに大きくなる木です          幹は大きなトゲだらけ 
   
探してみませんか。川沿いなどに多いようです。

2021年7月10日土曜日

鶏冠石?昔、見たことある人いませんか。


  ご存じの方、いませんか  こんな鶏冠石

コロナに大雨、線状降水帯、土石流に盛土、残土・・・
聞きなれない言葉が日常の言葉になっていく・・・・自然を学ぶのが、命に直結する目の前のテーマになっていく昨今です。五感で自然を感じ取れるように、自然に親しむことの大切さを思いつつ、自然をナメてはいけないことを感じる日々。
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何から自然と親しむのもいいでしょうが、手に取る、集めるというのもその一つ。

 下仁田町の里見哲夫さん、今93歳で,とてもお元気。
特に植物に造詣が深く、野外に行けば、山の小路でも、いえ、近くの道端を歩いても、まわりの草木を眺める表情はワクワクとしていて、今でも目にとまった野草を採集して標本を作製される。
 昔つくった標本も持ち出して説明してくださる。60年とかそれ以上の昔、物のなかった時代に生徒の教材用にご自身で工夫してつくったという下仁田のチョウの羽の標本もたくさんお持ちで、その中にはもう下仁田では見られなくなった種類もあります。色もきれいに残っています。
 先日は、私の家の近くの利根川で、ずっと昔に見つけた植物ハナヤスリの標本と写真を持ち出してこられた。いえ、標本か写真のどちらかが玉村町五料のものでしたが。
我が家近くの河原を見る時、ちょっと気に留めねば・・・

その里見さんが昔、地元の下仁田町で手に入れたものに写真のようなものがあります。
 鶏冠石  下仁田町南野牧   
      採集年月日  1959年5月12日

どこで手に入れたか、記憶にないそうです。
他の鶏冠石も一緒に保管されていました。鶏冠石は下仁田にある鉱山のものです。今のように、ネットやら販売店やらで鉱物を買うような時代ではありません。だいいち、地元の鉱物を買うなんていう習慣はなかったでしょう。

1個ですので、角度を変えてとった写真で紹介します。
  


                    
    

普通にある鶏冠石の写真は下の写真のような感じです。赤い所が鶏冠石で、岩石の隙間に
うすく張り付いていました。
鶏冠石はヒ素とイオウの化合物で、As4S4 と表されます。Asがヒ素、Sがイオウ、というわけで、ヒ素の原子とイオウの原子が同じ数組み合わさって出来たものとわかります。

 ヒ素と聞くと、「ひえ~、それ毒でしょう」という反応が返ってきます。数ある毒物の中でもよく知られたものです。どうしてこんなに有名になったのか・・・王朝のあったような時代、毒殺に使われたりするお話がしばしばドラマなどで出てきたからでしょうか・・・二十数年前、日本でも毒入りカレー事件などという事件があったなあ・・・日本軍の毒ガス兵器に使われ、埋められたものからヒ素が流れ出て健康被害を引き起こしたことも記憶にあります。2003年の茨城県、あるいは中国大陸で。バングラデシュでは地下水にヒ素が混じり、被害をうんでいるといいます。このヒ素は自然由来で、広範囲に及んでいるといいます。何ともやりきれない話です。
 こう聞くと、「下仁田町の水は大丈夫?」と思いますよね。安心してください。水を飲んで何か困ったという話は聞きません。この仕組みを調べている人もいます。鉱山から水の流れ出る場所は、沢の底に黄色・茶色の物がくっついています。これは鉄を含んだ沈殿物で、これにヒ素はよく吸着され、支流と合流する前に自ら取り除かれる、つまり自然浄化されているのだそうです。ネットに金沢大学の研究が載っていました。鉄の沈殿物はシュベルトマナイトという、聞いたことのない名前でした。
 鶏冠石はヒ素の化合物ですから、やっぱり気になって、「さわったら手を洗いましょう」などと書かれてあったりします。



拡大したら、例えば下の写真のような感じ。細かいですね。大きな結晶は見当たりません。 
海外の鶏冠石の写真を見ると大きなものもあるようですが、日本ではなかなかそういったものは無いのでは。鉱物標本として採集できるような産地そのものも少ないと思います。
                             (スケールがなくてすみません)

赤い色は光に当たると黄色く変化していき、パラ鶏冠石というものに変わります。


パラ鶏冠石をと思って、ちゃんとした写真のないのに気づきました。左写真は鶏冠石が黄色く変化したもの、つまり
パラ鶏冠石。

光にさらされて、石の表面が赤ではなく、黄色いものでおおわれています。







ある日、鉱物に詳しい知人が、「ネットで見つけた」という写真を知らせてくれました。
以下のものです。「結晶美術館」というサイトに載っている写真です。


 「溶融鶏冠石」   中国ではこの形でよく売られているとのこと



もしかして‥‥と思いませんか
里見さんが持っていたのは、西ノ牧鉱山で鶏冠石を溶かして固めたものなのでは、と。
どなたかのお宅に、こんな石、ありませんか。

西ノ牧鉱山は終戦のころまで、鶏冠石の採掘を行っていました(いつからいつまで稼行かは、はっきりしません)。詳しい記録は残っていませんが、鉱山跡地には今でも坑口のあとや鉱石処理した場所の石垣などが残っています。産出した鉱物・鶏冠石は、日本地質学会選定・群馬県の「県の石」に指定されています。
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 2016年、偶然のことから、西ノ牧鉱山が稼行していたころ、鉱山に行ったことがある人、働いたことのある人のお話を聞く機会を得ました。昭和3年生まれの方と,大正12年生まれの方で、お二人とも女性。
 お一人は、小学校の頃トロッコで遊んだりしたこともあったといいます。こどもたちが精錬の燃料用に使う薪を背負って持っていくと、2銭5厘くらいのお金をもらえたとのお話。ちょうどふもとの集落の沢を挟んだ山の木の伐採があて、その木から作った薪があったそうです。学校も上級生になると学校が遠くなるので、薪運びの時間はとれなくなったということですが。当時、農家以外で出られる人は働きに来ていました。農家は食糧増産で仕事に手いっぱいで人手は足りず、娘もお年寄りも働いたと。火を燃やすと鶏冠石が溶けてた垂れてきて、それを固めて下に運んだが、どこに運んでいたかはご存じないとのことでした。
 もう一人は、鉱山で働いたことがあるという方でした。女性は5~6人で働き、卵大に砕いた鉱石の選別作業。メンバーは10人ほどで、ほとんどが集落の人だったそうです。砕いた鉱石を竹のへらで仕分け、鶏冠石の赤い部分をとるという作業をされたそうです。男性は坑道内に5~6人、運ぶ人が2人,精錬する人が2人で、釜に入れて溶けて流れ出たものを固め、事務所へ運び、粉にし、すべて東京に運んだとのことです。精錬作業では手ぬぐいで口をおおって、なるべく息をしないようにしていたとのことでした。
何に使ったかというと、軍事用の煙幕に使ったようだという話をされていました。鶏冠石の用途として、本には「花火」と書いてあったりしますが。
 新しい鉱脈が見つかった後,坑道に入ったこともあったそうです。20~30㎝くらいの幅で、カンテラに照らされて、真っ赤な帯が続いていたそうです。美しかった・・・と。
昭和20年には鉱山はほとんど動いておらず、働く人もいなかったそうです。昭和19年頃には実質閉山だったかもしれない、若い男性が兵隊にとられ、男手がなくなったのもその原因かもしれないと。
 地元在住の人の家には、当時の鉱山関係の書類もいくつか残されており、その中には陸軍・海軍の事務用箋に書かれた書類もあり、軍事との関連もうかがわせます。戦争末期、国民総動員で耐乏生活の時代、鍋・釜からお寺の鐘まで供出された時代ですから、当然、鉱物資源には政府の目が入っていたでしょう。いえ、人も召集され、消耗品のように戦場に送られた時代ですから。兵士の命は一銭五厘と言われたのですから。赤紙(召集令状)が一銭五厘だったから。小さな子どもが薪を運んでもらったお駄賃が2銭5厘・・・・
また、養蚕の盛んな頃、精錬の煙は,蚕に悪影響もあったようです。

詳細は、以下に載っています。
「群馬歴史散歩」262・263・264号  執筆 本多優二(2020年 群馬歴史散歩の会)

 山の中にひっそりと眠っている場所ですが、その場で生きた方々の記憶は70年以上たっても鮮明でした。
鉱山跡などはすっかり忘れ去られてしまっている場所がほとんどでしょう。お話を聞けたのはうれしいことでした。そこに生きた人々の生活・思い、さらに、こうした資源を生み出した自然について少しでも知って残していければ、とおもいます。
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 鶏冠石は、今、「県の石」となっています。光に当たるだけで色が変わってしまうので、展示には不向きですが、「赤い鉱物」は多くはないわけで、魅力があるとききます。
光のエネルギーで色があせる? たしかに布の染色の色も、看板の色もあせるけど。あせるというより、正しくは「違う鉱物・パラ鶏冠石」になってしまうというわけかあ・・・・

・・・・・ちょっとぐちゃぐちゃした話になるけれど・・・・・
 ネットで見たら、1980年に新鉱物となったと書いたものがあったのですが、そんな最近の話?本当? 
すこし昔の解説では、「鶏冠石は長時間光にさらされるとAs2S3(オーピメント 石黄)とAs2O3の混合物に分解される」と書いてあるから、「1980年」は本当なのかな、などと思ったり。この解説、間違っていたというわけですよね。しかも、日本名の雌黄とか雄黄が間違って取り違えて使われたり、鶏冠石の中国名は雄黄だったりと、名称は混乱のきわみ。表にしてみたこともあるけれど、どれがどれやら、すぐに忘れてしまう・・・というわけで、そういった名前は使わないことにしようと思うわけです。

・・・・・次もちょっと教科書の勉強みたいな話ですが・・・・・
 鉱物の解説では、多形とか同質異像の関係と書かれてあります。普通なら、「なにそれ」
と思いますよね。どこかで勉強したことのある人は、それでわかったつもりになったりして・・・同じ原子の組み合わせでできた鉱物だけれど、原子の並び方が違ったりして結晶構造が違い、違う鉱物になる、といったことですが・・・普通に考えても、材料が同じでも違うものができることはありますよね。

 多形(同質異像)では、教科書ではたいてい石墨とダイヤモンドの例が載っています。おなじ炭素(C)からできているのに、こんなにも違ったものになる、と。石墨から思い浮かぶのは、鉛筆の芯ですから。この二つは炭素原子の並び方がまるっきり違います。でき方も、ダイヤモンドはかなりの高圧下でないとできないものです。
 鶏冠石とパラ鶏冠石は、たかが光に当たったくらいじゃないか・・・どこが変わるのだろうか、というわけで、結晶構造の図をみてみました。









            鶏冠石からパラ鶏冠石への光誘起構造相転移メカニズムの解明 より

 そうか、鶏冠石って分子でできているんだ、と思ったり。ダイヤモンドは分子という単位がなくて、炭素がつながっているものですから。
パッと見て、形がちょっと違うなと感じます。でもそれは見た角度などでも代わってくるでしょうから、もうちょっと詳しく見ます。赤がヒ素の原子、黄色がイオウの原子です。
鶏冠石はヒ素の原子1個のそれぞれに、2個のイオウがつながっています。
パラ鶏冠石は、1個のヒ素に1個のイオウがつながっているのと、2個のイオウのつながっている、3個つながっているのが見えます。これって、今まで仲良くしていたものと手を切って、他のものとつながったということになるのでは。そんなことするにはエネルギーがいるでしょうが、それが光のエネルギーだったというわけか。実際には途中で酸素も手伝ったりと何だか複雑な説明が書かれてありましたが。

 こういうのって,化学の世界では異性体という言葉があったな、と。有機化学で出てきて、覚えられない、なんて思ったり・・・
いろいろな呼び名が出てくると、それだけで嫌になるかな‥いろいろな人がいろいろな面から調べた、ということで、いいことではあるのですが。

それより何より、よくまあ、小さな小さな原子の並び方がわかるなあ、と、そのことに感心してしまいます。

 こんないろいろなことのあった西ノ牧鉱山ですが、ここでは世界でもまれな「若林鉱」という鉱物も見つかっています。1970年に発表されました。標本のコレクションの中から見つかりました。針状の石黄(オーピメント)と名前が書かれていたが、ちょっと変だなと思って調べた人がいたわけです。材料にはヒ素とイオウにアンチモンが加わっています。
 ちょっと見て探せるものでもわかるものでありませんから、「よし、見つけよう」なんて思わないでください。
というより、ここは私有地で、勝手に入ったり採集することはできません。 

 大切な場所として、皆さんと共に守っていきたいですね。

2021年6月22日火曜日

オオコオイムシ  うどんげの花

梅雨に入り ました。

虫たちの季節がやってきます。


 たまごを背中に載せているこの虫は、なに?

オオコオイムシといいます。

背中の卵は数えたら、91個ありました。頭のあたりにある卵、孵化し始めていますね。

  端っこに見えるスケールは、
  1目盛りが1mm

  下の写真は3齢幼虫です。


ここは山の湿地で、水でびちゃびちゃした場所に、2齢と3齢の子どもが何匹も。探したら、卵を載せた成虫も。
卵を背負っているのはオスだそうです。

昔はあちこちいたようですが、今は群馬県では絶滅危惧種の仲間入りです。
 姿を見た場所には、10年前にはたくさんいて、調査に来た人も大喜びでしたが、その後どんどん減っていって、最近はほとんど姿を見なくなっていました。水の流れの一部が変わって、湿地の水が減少していました。
2年ほど前から水の流れを少しづつ戻していったら、オオコオイムシも戻ってきたのです。

水辺の生きものは、日本中どこでも減少しています。住む場所がなくなっているのですから無理もない。「たかが虫」ですけれど、大切にしたいです。
 
左写真、真ん中の白いものは何でしょう。泡の塊・中にいくつもの卵が入っています。
この泡は必ず、水のたまった上にあります。なぜって、この泡はカエルの卵が中に入っていて、帰ったオタマジャクシは、ポタリポタリと、下の水に落ちるから。

 これはモリアオガエルの卵塊。これも群馬では準絶滅危惧種です。

            カエルの声が盛んに聞こえ、産卵最盛期はこれから。


山道を歩けば、こんな丸まった葉っぱが。
オトシブミです。中に昆虫の卵が入っています。
よくまあ、こんなに上手に葉を丸めるものです。
 いいネーミングですね。
そこらの公園などにも落ちているかもしれませんよ。
ひらひらと川原に飛んできたのは、きれいなチョウ。
ミヤマカラスゲハです。 黒みがかった羽がメタリックに輝くようでした。

山に行かねばならない、と思ている方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。

次は我家の網戸にくっついていたもの です。
みたことありませんか? ウドンゲの花。
これも虫の卵です。

クサカゲロウという、ひらひらと頼りなげに飛んでくる
色もうす緑ではかなそうな虫のものです。
むかし、網戸のなかったころ、家の中の電灯のコードにくっつていたものです。

こんなところにくっついても、孵化した幼虫は生き延びられないだろうな。でも、孵化した様子なんて、見たことない。

「いつでもどこでも 自然観察」と言っていた人がいました。
 通勤途中の道端の植え込み、ふっと見上げた空の雲。早朝の露、夕焼けの色。
 そんな、好奇心に満ちた子どものような心を失わずにいたら、コロナ禍の中でも、
 心がいやされるかもしれません。
我が家の庭でも、思い起こせばトックリバチの巣があったり、丸く切り取られた葉っぱを見つけたり(ハキリバチかな?)、ズルズルとクモを引きずっていくハチを見たり、昆虫のことはあまり知らない私でも、気づくものはあります。子供は目線が低いから、小さな虫に目が届きやすいのかもしれませんね。
自然は、たくさんの情報を抱えています。探してみませんか。
 ちょっとした山の林で見たものを列挙しましょう。

コアジサイの花 和風のいい花です!

ギンリョウソウ
葉緑体を持っていません
ギンリョウソウ 




光合成できません
腐生植物

ゆうれいそうともいうとか。
それはないよと 言いたくなります。
タニウツギ 山の中の木の花とも思えないような
華やかな色です


ハナイカダ 5月の頃で まだつぼみ
雄株と雌株があります
             
身近にも、きっといろいろな自然がありますよ。
自分の五感を豊かにするのにも、いい季節だと思います。
コロナだから外に出るな・・・・人込みは避けましょうね。
正岡子規だって、寝たきりでもいろいろ観察したのですから。

2021年6月15日火曜日

梅雨の前の仕事  サイカチの木

梅雨時 梅仕事

  梅雨から梅雨頃、昔の農家の主婦はこまごまとした仕事で何かと忙しかった・・・いや、いつも忙しかったけれど・・・

群馬の南部、平野部では、冬の間麦を育て、梅雨前が刈り取りシーズンです。我が家の周辺は、毎年、刈り取り前の麦畑が「麦秋」の姿を見せてくれます。  

 何を今頃、と言われそうですが、麦秋の麦畑(5月9日)と刈り取り後の姿(6月9日)の麦畑を紹介しましょう。風に揺れ波打つ麦の穂は、何とも気持ちのいいものです。
私としては、緑の穂の頃が一番好きですが。

  



一部 麦が残っています
刈り取り後の麦わらは、昔はお風呂を焚く燃料になったりもしました。
麦わらで葺いた屋根もあったし。私も麦わら屋根の家で育ちました。
分厚い麦わらのおかげで、夏は涼しかったですね。
今は、麦わらは収穫時に粉々にして、すき混むのが多いようです。
写真手前のように、小さな束にする機械もあり、そんなのをもらってきて
地這いキュウリの下に敷いたり、その他大事にしたいものの株際に
敷きました。カラカラに乾いた時には、枯れるのを防いでもくれます。













 このころは、ビワも実ります
 梅雨の前に麦を刈り、畑のラッキョウを掘り上げて
ラッキョウを漬け、梅の実を落として梅干しを漬け・・雑草も生い茂り、木の枝もモソモソと茂り、放っておけない…と、まあ、いろいろ忙しい。

 子供のころ、私もラッキョウをほって洗って根を切り落とし、漬ける準備を手伝ったり・・それが、まあ、何㎏も。ほぼ一日がかりで漬け込んだものです。そんなに食べるわけじゃないのだから、おおかたはみんなにあげるのですが。

梅は、私は今は梅ジュース、梅サワー、梅ジャム、梅酢味噌と、要するに洗って砂糖やら何やらを一緒に入れておけばいい、手間のかからないものを作るだけ。でも、 これがとても役に立つ。何もそんなことしなくたって,買えばいいと言われそうですが。
 
 製品を買えばけっこう高いものになるし、そこらになっている梅でつくればいいし(梅はタダでもらったり)、と、毎年あれこれ作るわけです。最近はいろいろなレシピが、ネットでも新聞でもあちこちに載っているし、今年はこれ作ってみようかな、などと、他のレシピを見たりしているところです。
 子供の頃、母や祖母にいろいろ手伝わされたのが、こんな時、億劫がらずに自分で作る気になるおおもとなのかもしれないと、親たちに少し感謝しているところです。

 いつまでも、「これ作ってみようかな」などと実験気分でやれますように。
 それには体力もつけて、面白がる気持ちも忘れずに、毎日を送れることが大切・・・
  まったく、年寄の言うせりふになってきました。

サイカチ調査

サイカチの木って知っていますか?
群馬県のレッドデータの絶滅危惧Ⅰ類に登録されている木です。
 普通、絶滅危惧種がどこに生えているなんて公表しません。きれいな花などなら、掘り取られてしまうから。趣味の人、販売目的の業者と、いろいろな人がいます。どこにも困った人たちがいるのです。
 ですが、サイカチは、あまり採る気はしないだろうな。なぜって、幹はトゲトゲだし、大きい木だから。それが私の家の近く、川原にたくさんはえているのです。
ですから、紹介します。
こんなトゲ 

クモの巣もいっぱい



 
        
大木になります



















 大変成長の遅い木とのこと
 この大きさまで育つのにはどれだけかかるのか。
上流の支流わきの群馬の森公園にサイカチがあります。
その種が流れてきて育ったのかなと思ったのですが、群馬の森公園のサイカチの方が、ここより小さい。ですから、親ではなさそうです。

 一昨年の台風19号では、ここは木も根こそぎになったりしています。
今年春に数えて19本あったのですが、今回は服にくっつく「やぶじらみ」をかき分け、藪にも入り、数えました。
今回は樹高1mほどのも入れて、49本!(今まで知らなかった少し離れた場所で見つけたのが12本あります)
その他に、芽生えと小さなもの多数。サイカチに住みやすい場所なのでしょうね。
          
双葉が見えます。芽生えたばかり。右端にある豆のサヤがサイカチの実

右は今年より何年か前に芽生えたサイカチ。
すごく成長が遅いのだとか。
今回はレッドデータ調査の担当者と国土交通省の職員の調査でした。
世代交代しているのかどうかを確かめたいとのことで、芽生えはたくさん見つかり、大満足。この場所で世代交代しているのですね。

 洪水の多発で、国交省は川原の掘り下げや、川原に生えた木の伐採工事を進めています。
その時、保存するべき木として、確認をするための調査でした。

みなさんの身近にも、この木、ありませんか。
誰でもすぐ見分けられる木です。
マメ科の木ですが、花はちょっと違った感じです。

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 サイカチの木は宮沢賢治の「風の又三郎」に出てきます。それで、名前だけはなんとなく
おぼえていたのだと思います。どんな木だろうとわけ思ったわけです。
河原のでこぼこ道を自転車で走っていた時,トゲトゲの木に気づいて サイカチとわかりました。
ある時、群馬県のレッドデータ種の表を見ていて、サイカチがあるのに気づいたというわけです。群馬以外では、いくつかの県がレッドデータ登録しています。

 風の又三郎には、サイカチ、ヤナギ、ねむの木など、川原に生える木の名前が出てきています。川に飛び込んで遊ぶ話のなかで書かれていました。

「…右の方からも一つの谷川が入ってきて少し広い川原になり、そのすぐ下流は大きなさいかちの木の生えた崖になっているのでした」
「・・・また上流のさいかちの木へ登り始めました。ほんとに暑くて・・」

サイカチの木に登る??   
玉村のサイカチ、滝川という川が烏川に合流したそのすぐ下流で広い河原になってるところ。これは同じだなア・・・

 風の又三郎のページをめくりながら、考えていました。
玉村小学校の校庭には、大きなサイカチがあります。もしかしたら風の又三郎を読んでこの木を植えた植物好きの先生がいたのではないか・・・・
私は玉村小学校出身ではありませんが、私には「タバコの葉の栽培では葉の数まで数えて」などという話をした先生がいました。「えーっ」と思ったわけです。
風の又三郎に「専売局で、この葉一枚ずつ数えで帳面さつけでるだ」という文がでてきて、これを話してくれたんだなと思ったことがあります。その頃、先生たちは自主研究のような事に取り組んだり、いろいろなこと自由にやっていましたし。いっしょに宮沢賢治を読んで、授業研究していた人が結構いたのではないかと思うわけです。
もう数十年も前のことです。

 だが待てよ、あのサイカチ、ずいぶん大きいよね。だいぶ前に植えたと思うけれど・・・
 玉村小学校では、学級通信の名前が「さいかち」だった人もいたし、通知表の名前が,「さいかち」だったとかいきいたことがあったけど・・・いずれにしても、あのトゲトゲ、なぜか愛されてきたわけでしょう。

子どもの頃は宮沢賢治の童話、何が面白いのかわからなかったのですけどね。
 貧しかったけれど、何だか懐かしいものを渡してくれた人たちに、感謝の思いです。      








2021年5月21日金曜日

もう梅雨?麦は実っています

 

柚子畑

もう梅雨入りとか、早いなあ…今年は花も草も、例年より2週間も早かった…大雨も増加しているし、気象情報から目が離せません。

近所を歩いていたら住宅のどこからか甘~い香り。ちょっと粘りつくような、かなりつよい香り。
ああ、この花が咲くころなんだ。柚子の花です。

柚子畑もあります。
40年とかいった昔になると思いますが、おそらくJAの指導で、ポン酢用の柚子を植えています。大きさが小ぶりで果汁がよくとれる品種です。ですが、提携していた加工工場が操業を止めたとかで出荷先がなくなり、おおかたの畑が木を切ってしまいました。

レモンのように、輪切りでギュッと絞って使えます。利用しやすくて、私は好きですが、大きな本柚子より香りが劣るとかいわれて、評価は低いのかも。

たくさん絞った汁は冷凍したり、しょうゆ・みりん・昆布・鰹節と混ぜて、ポン酢を作ったり、おいしいんだけどな。
砂糖で煮て乾かしたもの(ピール)を、パンを焼くときに入れたら、なかなかの味でした。

柑橘類の花って、香りがよいですよね。
庭先でも植えているお宅があるので、香り、味わってみませんか。


今までカラカラの天気が続いていたので雨はありがたいですが、もう豪雨の地域があるとは。
庭を見たらクモの巣が雨粒をまとって目立っていました。
木一面に白いのはクモの巣。

木にかぶさるれレースのような白いのが
クモの巣
  

こんな網を張ります
上の方真ん中のくぼみにクモは潜んでいます


大きな黒い紙があったら、
普通のクモの巣もきれいな写真に撮れるのにな、ゆっくりクモの巣をみられるのにな、
と思いました。


周囲の田んぼは「麦秋の郷」の様相です。
秋ばかりでなく、今も収穫の季節。
麦も、梅だって(梅雨というくらい)、ラッキョウも今から収穫、菜種油の菜種だって、今種をつけているでしょう。
6月は、じつは実りの季節でもあったわけ。冬を越し春早く花を咲かせていた草たちは、今頃実をつけています。  道端の様子を紹介します。
麦畑

 左は麦畑が広がる光景です。
 風が吹くと、麦の穂が波打って素敵です。

ホソムギ かな?

                        
                                      
カラスムギ 
ヨーロッパや西アジア、
アフリカ原産

道端には、牧草として持ち込まれ全国に広まった、イネ科の植物がたくさんあります。
日本原産の方が少ないのではないかな。
   
     ゲンノショウコみたいですが、アメリカフウロです。

              
カラスノエンドウ

  
スズメノエンドウ
カラスとかスズメとか、
   何だか楽しいですね
身近だったのでしょうね。
大きさの小さいのがスズメです。

そういえばキツネも名前によく出てきます。
キツネも身近な生き物だったのでしょう。
イヌは、ちょっと質の落ちるもの等に使っていますね。イヌザンショウとか。  

川の土手の風景は、いかがでしょう。
アザミが咲いています。

  
  チガヤの穂もだいぶ前から風に揺れていい雰囲気でした
    アザミは今頃目立っています。



こちらはキツネアザミ。分類ではアザミの仲間ではないけれど、 ちょっとアザミの様な花。種ができる頃、かわいいポンポンを作れます。
                   
  
他にもいろいろ、花やら実をみられますよ。春の花のような華やかさはないけれど、
目にとめると楽しいですよ

ノビル 庭では増えて
憎たらしいのですが、ここではかわいい
 
   
スイバ 土手で風に揺れている


ノイバラはいいですね。
野の草むらにも、こんもりと白く浮き上がって見えます。
園芸種のバラにはこの花の血が流れていますよ。

地味ですが、大切な遺伝子を人々に引き渡した野に咲くバラです




柿の花
 柿の花やら、たっぷり種の付いたネギ坊主やら、
 そうそう、金銀花ともいうスイカズラやら。
 この花、いい香りを漂わせ、花の奥には甘い蜜が たっぷり。
 梅雨の頃は、華やかな赤や黄色より、こうした
 白い花が目立つようになりますね。

 身近な散歩道で、庭で、こうした自然に目をとめてみませんか。
ネギ坊主
スイカズラ