2018年6月17日日曜日

麦刈りの季節に思う

 麦刈りが終わりました 
         

群馬の平野部は小麦文化圏と言われる地域だとか
かつて、自家製のこの小麦から作った粉を使って自宅でうどんをうち、よく食べました。うどん打ちの小さな機械などあって、子供もよく手伝ったものです。夕食にしばしばうどんを食べるのは、”貧しい”といった感じもありました。              



梅雨の始まるころ、晴れの間を逃さずに麦が刈り取られます。

このあとが田植え。
二毛作ということば、今の子供たちは知っているかなあ・・・

この田植え、たぶん全国でも最も遅いのでは。



1週間前は右や下の写真。
盛んに麦が刈られていました。

ところでこのころは、
 暑い日が多いんですよね・・

ちなみに、この日の最高気温は前橋で31.4℃。ここもほとんど同じ気温でしょう。




私が子供のころは、小さな鎌ひとつで、麦を刈りました。

仕事をいとわなかった母が言っていました。「麦刈りはおそろしいよ」

暑さ、汗、チクチクと肌を刺す麦の穂や小さなほこり・・
大変な苦労だったはずです。

 
機械で刈る今でも、暑さの中のこの仕事は私にはきっと耐えられない。

こんな苦労をして私たちを育ててくれたのだと、麦刈りのころになるといつも思い出します。
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 忙しい時期、学校は休みになり、子供ながらにできることを手伝いました。田植え、稲刈り、麦刈り・・・だんだん休みは無くなり、最後まで残ったのは田植え休みで、私が中学校を卒業した次の年まであったと思います。学校統合が盛んに行われていたころで、中学校の統合とともになくなったはずです。
さらに昔にはお蚕休みもあったとか聞きました。養蚕地帯でしたから。
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 こんな話を子供にすると、「うるさいなあ」といった反応でした。昔のことなんて聞きたくもない・・古臭い、新しいことに夢中・・・
でも、歴史を忘れてはいけない。ほんの少し前まで、人はこうして生きてきて、こんな大変な思いもして、といったことを知ることは、想像力をうむ・・・同じ地球に生きるまったく違った環境で生きる人たちに対するひとかけらの想像力ももてない人間は、おそろしいと思う。ましてや、歴史の記録を書き換える、改ざんするなんて、もってのほか。
 キーひとつ押せば、なんでもわかる、かなう…いいえ、世の中そんなに甘くないことも多いのです。

    ユーラシア西も東も麦の秋     田中節男夫さん
 ふと見つけた俳句  ああ、ヨーロッパから東アジアまで、人の命を支えた麦だったのだ
   あらためて、広く世界にまで続く麦畑に心がときめきました。


梅仕事   今年は梅が豊作だったようです
たくさんいただきました。
梅雨、梅のみのる季節。
古来、人々はこの梅を利用してきました。
冷蔵庫の無い時代、長期保存ができる梅干しは大切なものだったはずです。

というわけで、この季節にはなにかつくってみます。

田舎のいいところは、梅の実をいただいたりできること。

 写真は梅ジャム。20年も昔の新聞に載っていた作り方が、簡単ですぐできて、つくる気になるわけです。皮が入っていて写真にもうつっているけれど、そんなの取っていると労力がかかって作る気がしなくなるので、そのままで。
他には、例えば梅サワー。梅に砂糖に酢。これですし酢も酢の物も手軽にできます。
味噌と砂糖と梅を混ぜれば、梅みそ。 どれもたいした手間はかからずにできるものです。もともと、忙しい農家の主婦が、保存用として作ったりしたのでしょうから、手間暇かけている余裕はなかったと思います。とはいえ、砂糖が豊富に手に入るようになって、簡単においしく作れるようになったともいえるかも。
 それにしても、ある程度の余裕がないと、こんなこともできませんね。
  
 奥さまをなくされ、1人暮らしになった方から、梅をたくさんいただきました。どうせ一人ならと、フードバンクをスタートし、自宅を開放して朝食会もはじめたという方です。少しでも皆の生活に寄り添おうということでしょう。なかなかできることではないですね。ジャムは役に立ちそう。
フードバンクに子供への無料塾、私のまわりにもこんなことをやっている人たちが何人かいます。これを必要とする人たちが、そんなに増えているということか・・・
 
 夫が亡くなってひとり暮らしになってから、まったく食事をつくらないという人がいると、知り合いが言っていました。外食も、デパ地下からスーパーの総菜まであるし。
どう思いますか? 何だか気持ちわかるなあ・・・でも・・・

 日々の生活をていねいに過ごし、文につづって人気の高い吉沢久子さん、今年100歳だそうですが、60代に夫がなくなってから一人暮らしをされているそうです。
家事評論家と呼ばれるこの吉沢さん、一人暮らしになって最初の1年、まったく家事をしなかったとどこかで読んだことがあった・・と思うのですが・・・
それまで、家族のために家事をこなし仕事をこなし・・・それはそれは大変な毎日を送っていたことでしょう。今のような家電製品はない時代、家事は今よりはるかに大変な重労働。しかもやってあたりまえ。
「夫は封建的フェミニスト。勉強せよと命令するけれど、自分ではお茶も入れない」
うんうん、こういう人、たくさんいたよね。団塊の世代でも、こんな人ごろごろいた。
それよりもっと前の時代だものね。頭では理解しているつもりの人たち。頭でも理解してないよりいいかもしれないけど。

石垣りんの詩も浮かんできます。
 私の前にある 
 鍋とお釜と燃える火と 
  それは長い間 
  私たち女の前に
  いつも置かれてあったもの   ・・・ 後略・・

これだけでは何のことかわからないかもしれませんが、こうして家族のため家事をこなし時間がすべて埋まっていく日々へのうめき・・・1日の時間が3回に区切られる、細切れな時間・・
 こう悩みながらも、その命を支える営みを大切にも思う日々・・・こうした方々は、季節になれば梅干しをつくったり、食事も掃除もし、日々の生活を大切にしたと思う・・だいいち、外に行けば何でも売っている時代ではなかった。何でも自分で手仕事でつくらねばならなかった。でも、人は限られた時間で、何でもできるわけじゃない。女性も外で働くのが多数となった今、悩みは尽きない。
 政府が「女性活躍」という時、彼らが最初何といったか、いつも思い出す。「女性活用」。新聞にもそう書かれていました。これはまずいと気づいた人がいるらしくて、すぐに「活躍」になりましたが。「なんだ、人手が足りなくなったから、駆り出そうということじゃないか」。かつて結婚退職を強要され、「お母さんが外で働いて、子供がかわいそう」なんて言われた世代の私たち、そんなに簡単に騙されません。戦争中、女性労働を期待して、戦後男性が返ってきたら、すぐに追い払った歴史もありましたね。
人を大切にするという心が、決定的に欠けている。

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 生活に対するていねいさが失われると、子供にも丁寧な対応ができなくなるのでしょうか・・・子供を虐待死させた両親のニュースは皆を震撼させました。
ここから派生して、こんな感想を書いている人がいました。

「躾のために食事を与えなかったら、衰弱死しました」的な趣を感じました。以下の記事についての感想。
→ 「政府は12日、科学技術について日本の基盤的な力が急激に弱まってきているとする、2018年版の科学技術白書を閣議決定した。引用数が多く影響力の大きい学術論文数の減少などを指摘している。」(朝日デジタル)  
  そうか、政府がやっていることは、この子供にやっていることと通じるのかも。

日々の暮らし、大事にしたいですね。


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