2018年6月25日月曜日

沖縄慰霊の日

6月23日は沖縄慰霊の日 
 沖縄戦の犠牲者を悼む日  
 沖縄では二十数万人が命を落とし、沖縄住民の4人に一人が亡くなったと聞きます。
 この日が日本軍の組織的戦闘が終わった日とされ、毎年、追悼式が開かれます。

今年の追悼式で14歳の中学生が詩を読み上げる姿からは
凛としたまなざし きっぱりとした口調からは、 まっすぐな心がストレートに伝わってきました。                          朝日新聞の記事

 以前に別の少女が訴えていた姿がふっと思い起こされました。
1995年に沖縄で起きた、米軍兵士による少女暴行事件(少女は12歳、小学生でした)に端を発した県民総決起集会で訴えた高校生の姿です。
そのしっかりと立ち、訴える姿が、二重写しのように浮かんできました。つい昨日のように感じてしまうのに、20年以上もたっていることに,ちょっと驚きを感じました。沖縄の姿を、立場を、感じてしまいます。問題の根深さを感じてしまいます。

   下のポスターを作った方がいます。群馬の方です。
   この1枚からも、強くまっすぐに心に届くものがあります。


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 田植えが始まりました。
他の地域の方々から見たら、いまごろ?・・・という感じるかもしれません。
ここ群馬県南部では、冬に田んぼで麦をつくるので、田植えの時期が遅いのです。


水がはいったばかりで、
まだ代かき作業をやっていたりです。





これから田んぼの水の中には、たくさんの小さな生き物が発生します。
一昨日のテレビニュースで、ホウネンエビとカブトエビを紹介していました。ここでももうじき発生するはず。それ何?と聞かれそうですね。これからのお楽しみ、です。
ミジンコも、それから小さなゲンゴロウの仲間も、昔理科の教科書で見たはずのミドリムシも(これは顕微鏡がないと、一つ一つの形は見えないけれど)、田植えが終わってからあとの一時期、ワッとたくさん発生します。

 昔子供だった団塊の世代の人なら、田んぼのまわりの水路で、小魚や昆虫をとったかもしれません。もしかしたら、タガメなんかもいたかも。これ、今見つかったら、大騒ぎになるほどまれな生き物になってしまいました。いくらでもいたドジョウも、とんと見かけないですからね。なんと、絶滅危惧種に指定されている県もあるくらい・・
昔、ほたるもいたなあ・・・  水辺の生き物は、とにかく激減しています。
絶滅危惧種かどうか知りたい場合はネットで「日本のレッドデータ検索システム」で検索すれば、知ることができます。


 夜、窓を開けたら、なんだか甘い香りが漂って・・・
窓辺にキンカンの花が咲いていました。
キンカンの花

 柑橘類のこの花は、厚みのある白い花で、いかにも柑橘類。お正月に、オレンジ色の小さな実をたくさんつけます。シロップ煮がまだ冷凍になって冷蔵庫に入っていたなあ。邪魔になるので、早く食べてしまわねば。

昼間にはハチがぶんぶんと集まっていました。大きなクマンバチも


 

お米を作っても、今はそれほど収入にはなりません。
すっかり田植えをやめてしまっている田んぼもあります。でも、何もしなければ、やがてガマがはえ、柳がはえ、・・といったことで、荒れ地になり、ひんしゅくを買います。木の根が深くまで伸びれば、水を通さない層に穴が開くわけで、田んぼの水持ちもダメになってしまうかもしれません。


 田植えしてない田の一つに、花がたくさん咲いている場所がありました。昨年も咲いていたなあ・・数日前の、その場所の写真です。




これはハルシャギクという、北アメリカ原産の外来種。ほぼ雑草。
でもきれいな花でもあり、昔の農家の庭先などにはえていたものです。私にとっては、懐かしい花です。外来種ですが、特定外来種などにはなっていないようですから、まあ、育てても安心。
 オオキンケイギクというのがあって、これは特定外来植物。育ててもいけないし、日本から何とか追い出したい植物。でも、道端にも庭にもそれらしいのが結構あって、はて、
本当のところ、オオキンケイギクなのかどうか・・・??
 写真撮っていなかった、と、今頃思っているところです。

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 大阪で震度6の地震があったのは、何日前だったっけ・・・あっという間にニュースに押し流される忙しい現代です。でも、地震活動期という言葉が、ますます現実味をもってきます。これはちょっと考えねば・・・  たまたま地震の無い時代だったので、高度成長が成り立ったのだ、という人もいるくらいですから。

 地震によるブロック塀の倒壊の恐ろしさは、40年も前、宮城県沖地震で倒壊したブロック塀で多くの人が命を落としたことから知られました。私の夫の実家が仙台で、その地震の時、すぐに電話をして「何でもないよ」と言われたのですが、そのあとから電話はつながらなくなり、死亡者情報が伝わってきました。思い出します。ブロック塀とともに、谷を埋めた場所の住宅が、地盤の悪さから多くの被害を受けたことも伝えられました。ブロック塀に対する規制も作られていったわけです・・・
 今回、継ぎ足したブロック塀が落ちるという、あまりにお粗末な事態。高さの規制にも、支えのない構造も違反です。建設業者は、規制を知らないわけないと思うのですが・・・ですが、事故のあった学校以外にも、こうした例があるようです。やっている所があるから、「まあ、いいんじゃない」程度の認識がまかり通っていたということは無いのでしょうか。40㎞規制の道路を50㎞で走っているような感覚?
専門家の指摘も、今思えば適当に扱われていた・・・専門家の役割っていったい何なのだろうかと思ってしまう。都合のいい時だけ利用するなら、単にお墨付きを与える役割でしかない、意味がない。
 政治家も、他人の言うことを一切聞かず、自分を押し通す、うそを言っても押し通す姿が目に余る昨今です・・
 23日沖縄慰霊の日の夜、NHKの番組ETV特集で、沖縄出身の政治家の軌跡をたどる番組を放送していました。「基地で働き基地と戦う・上原康助の苦悩]。その中で、自民党の政治家も、質問にはきちんと答え答弁をしている姿が写っていました。今はいったい・・・質問にははぐらかし、関係ないことをとうとうと話し、いつまでも審議が進まないことを繰り返し、国民が飽きてくるのを待つ、いつまでもこんなことやってないで、と、思うように仕向ける・・・無理が通れば道理が引っ込む、やったが勝ち、うそも開き直ればまかり通る・・・日本の政治は、いったいいつからここまで劣化したのか・・・
 今沖縄を訪れる観光客は、ハワイを上回ると言うではありませんか。経済は基地収入に頼っているわけではない。「上原さん、ここまで来ましたよ」、と言いたい。そんな今の姿を思った日になりました。
 

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