2014年8月27日水曜日

モンゴルの草原の生活と都市開発


せっかくなのでモンゴルの生活の様子なども紹介を


相撲力士の活躍で、日本人にも身近になってきたモンゴル。

びっくりしたことに、朝青龍に出会いました。
あとから、安倍首相の母親と一緒だったと聞きました。写真の女性かな・・
居合わせた日本人観光客、みんな握手して記念撮影を(朝青龍とです)。彼も慣れたもので、サービスしてました。ちなみに私も握手しましたけど。

ところで、日本人、漢民族、北アメリカ先住民、南米先住民など・・・みんな赤ちゃんの時に、おしりに青色の斑点・蒙古斑ができる共通点あり。このグループはモンゴロイドとよばれます。最近は定義が変わってきているかもで、よくわかりませんが、とにかく、モンゴルが代表して名前になってきたわけなのかなあ・・・。間違っていたらごめんなさい。

とはいえ、「青二才、尻の青い・・」という、「一人前じゃない」ことを表す言葉は、欧米人には通じないのかも。彼らは赤ちゃんの時おしりが青くならないのでしょうから。


実質あまり関わりのなかった国のような気がします。
国土面積は日本の4倍人口が290万人弱、そのうち半分近くがウランバートルに住むとか。
人口や経済規模は日本のどこの県と同じくらいかなあ、などとも、ちょっと思ってしまう・・・

今、首都ウランバートルに降り立つと、建設用のクレーンがあそこにもここにも。車に乗れば、右側窓越し視界に、10基ほどのクレーンが目に飛び込むといった状態。
道端は掘り返されて、ゴミやホコリが舞っている・・・
10年前とは様変わりしているといいます。「これから数年で、町はすごく変わりますよ」とは、通訳してくれた方の声。
石炭の大炭田が開発されたといいますから、その輸出で外貨が大量に入り、一気に建設が進んでいるのでしょう。経済成長率がめざましいようです。高度経済成長・・・・なんだか、日本のあの時代を思い浮かべたり・・・
 20年ほど前のソビエト連邦の崩壊からあと、ソビエトの多大な援助を受けていたモンゴルは経済・政治が混乱、ストリートチルドレンが大量にうまれ、その子たちはマイナス30℃・35℃の冬にはマンホールの中で生活していたと、報道されていたのを思い出します。
東北の震災の時には、真っ先に高額の援助を贈ってくれた国なのだそうですが、知りませんでした。

 地下資源に恵まれるという国なので、各国も目を向けているのでしょう。石炭・金・銅・モリブデン・タングステン・スズなど産するようですし、鉄の産出地もあるとか。ウラン埋蔵量は世界でも最も多いのではとか・・・
とはいえ、鉱山開発・原料供給だけで外貨獲得をしているのでは、国としても先の見通しは心配でしょう。しかも鉱山開発は、鉱毒問題などを伴うこともありますから。

冬のウランバートルは、大気汚染最悪とここに住むモンゴルの方が言っていました。・・・人口密集地域で石炭を大量にたくことになるのでしょうから、相当深刻なのでしょう。

ウランバートルの中心町方向・手前は建設中の建物。この岡は、周りじゅう建物の建設中でした。




上空から見ると、周辺へひろがっていく町の様子も見て取れます。
取得した自分の土地を板で囲い、その中に家を建てるのだと思いますが、ゲル(モンゴルの遊牧民のテント式住居)が建っているものも多く見られます。









板塀で囲い、中に住居が。
ゲルもたくさん見られる。



町中の道路は大変な渋滞で、その中をぬうように運転。私はここではとても運転できない。  
車の規制をしていて、車ナンバーの偶数と奇数で走れる曜日を決めている・・でも、経済成長でうまれた富裕層は、2台の車を持っているみたいですけど・・


郊外に行けば、ゲルもたくさん見られます。
見れば、太陽電池パネルが取り付けられています。太陽電池パネル・パラボラアンテナは町のバザールでも当たり前に売られていました。












水はどこからか運んできて、タンクの中に蓄えられています。(でも、水を大量に自由に使うきれい好き日本人には、なかなか慣れるのは難しいかも)。自動車を所有している人もそれなりいるようです。

人々は親切。いきなり訪ねた私たちに、どうぞどうぞと、ゲルの中に入れてくれるのです。
テーブルの食べ物を食べてくださいと。こういった生活習慣でもあるような・・

写真はゲルの中です。

遊牧の生活の中では、訪れた人は快く迎え入れ、歓待する文化もあるような・・・・(詳しくわかりませんけど)。ベッド兼ソファがゲルの中に並べられ、真ん中のストーブで煮炊き、あとは衣類など入れる家具・・・一目で生活全部が丸見えです。通訳してくれた人もこんな中で育ったそうで、話しかけてお願いするのも、他人の「家」に入るのにも何の躊躇もなし。お昼ご飯の場所が確保できなかったら、このゲルの奥さん、携帯電話であちこち電話してくれて、ちゃんと近所に、15人分の食事をつくってくれるところを見つけてくれました。ストーブの上の大鍋に肉と野菜を炒め、うどんのような麺を入れた、ほとんど「焼きうどん」といった料理。ベッドのわきで肉や野菜を刻んで手早くつくってくれるのです。結局、台所がここになるわけ・・・・ものは持たず、身軽に何でも処理していく生活なのだなあと思った次第。
このお宅には冷蔵庫、テレビ、洗濯機などもありました。観光客相手の仕事ができて、現金収入があるののかも。                 外では乳を固めた伝統的な食べ物をつくっていました。


都会だったら、見ず知らずの他人が家に入ったら、間取りなど見て、あとから泥棒にはいられるのじゃないかとか、警戒するのがせいぜい。寝室や台所をのぞいたら、失礼な話になってしまう。・・・・文化の違いを感じます。遊牧の生活では、どんな人も歓待し、何でも協力し合っていたのでしょうか。


子どもが学齢期になると、子どもだけ都市部に寄宿させたり、下の写真のお宅は、ゲルごと学校に通える場所に行き、夏休みシーズン(3ヶ月あるそうです)は、こうした草原にやってくるのだとか。

調理中です
ウランバートルには大学がたくさんあり、海外留学も盛んなようです。日本語を教える高校からは日本への留学生もたくさん来ています。日本の教育が気に入って、日本式の高校をつくった人がいるのだそうです。女の子がセーラー服の制服を着ていたり。びっくり。
国費で群馬大学・信州大学・高知大学へ来ている留学生もいました。顔は日本人と同じですし、流ちょうな日本語で、日本人と言われたら、そう思いますね。 

大国に囲まれた小さな国ですから、さまざまな外国語を習得して仕事につなげようとするのかな。

町郊外。看板が現在モンゴルで使用中の文字、
PやH、C,,X,などは英語と発音が違うし、RやN、Eがひっくりかえたような
文字があったりと、慣れないと混乱してきます。
周囲はいたるところ掘りかえされ工事中です

ちなみに、中国とは仲がいいとはいえないとか、町中で漢字を見かけることはありませんでした。長く国境を接する隣の国なのですけど・・・同じくハングルも見かけません。
英語の看板はあちこちで見かけましたが。

ふだん使う文字はロシア語に使うキリル文字、写真の看板の文字です。モンゴル語はこれで書きます。ロシア語もあるのかもしれませんが。
もともとはモンゴルの文字があったそうで、縦書きのアラビア文字みたいなイメージの文字。
最近はこれも大切にしようという機運も起きているそうです。
 同様に、廃れてきていた馬頭琴という楽器も、大切にしようと。馬のしっぽの毛を弦に使った楽器で、もともとは馬の頭骨も使っていたとか。演奏を聴きました。モンゴルのダンスも。
これが古来のモンゴル文字
ところでホテルにはNHK衛星放送が入っていたのですが、見えない日が3日ほど・・ちょうど中国国家主席・習近平がモンゴルに来ていた時なのですが・・・・・・
  
 急成長の都市によく見られるように、ここも電力不足のようです。お店の電気が急に消えたり・・・電気が消えても、みんな当たり前の顔をしていました。
下の写真はホテルの窓の、ちょうど目の前の光景です。
私は電気のことはまるでわからなくて、怖いから近寄らないといった調子ですが、ここの皆さん、うまく(?)扱っている?・・・。






日本から農業事業でやってきているグループがあります。群馬県前橋のファームドーというグループと長野圏のグループで、イチゴや野菜の栽培に取り組みはじめ、今年から栽培がはじまったと言うことです。この国では野菜は輸入というのが多いでしょうから、栽培できれば・・・ということで。

写真は野外の畑とビニールハウス

イチゴはなかなか食べられない高級品で、
イチゴ摘みには大喜び
 農薬はなるべく使わずに、という話でした。
水は地下水を使うとのこと。

どれだけの地下水があるのか・・ここの農場全部にもし水をまけば、足りなくなるとの見解ではあるようです。
今はハウスでレタス・キュウリ・トマト・イチゴなどを栽培、野外ではジャガイモ・にんじん・大根・葉ものなど、さまざま試験栽培していました。播種時期や水など、簡単にはうまくいかず、まだまだこれからの話のようでした。
隣では、中国資本という農場が、盛大にスプリンクラーで水をまいていましたが・・・・大丈夫なのかなあ・・・・


道路際の草原に吹き出している塩類

  乾燥地帯で灌漑をすると、水の蒸発につれて地下から塩類が上昇してきて、大地に塩が出てくると言います。
右写真は農場へ向かう道のわきの広々した草原のとその道路脇の地面に見られた塩類です。農場に面した大きな道路わきにも見られて、「んーん??」と思ったのですが・・信州大学農学部に留学している学生が、対策はしているそうですと言っていました。

古代文明のメソポタミア地域は、肥沃な三日月地帯といわれ、大規模灌漑で小麦の生産ふやし、高い文明を築きました。
やがて塩類濃度が上がってきて、その対策に塩類に強い品種をつくり、塩類に強い大麦を作り、さらに塩類濃度が上がり、・・・やがてついに諦めることになった・・という説を聞きます。文明崩壊へつながったわけです。

はるか過去の失敗は繰り返さずにすませねば・・





かすんでやっと見える程度なのですが、丸い模様がおわかりになるでしょうか。中国上空を飛んでいたときの写真です。

これはおそらく大規模灌漑施設でしょう。長いスプリンクラーを回転させ、周囲円形の土地に水をまいて作物を作るのです。
かつてアメリカでこうした農業が盛んに行われ、地下水をすっかり使いつくして、あとは放棄されたという例を聞いたことがあります。
この失敗は活かされているのでしょうか・・・





観光写真撮影用に飼われているワシ。つながれてはいますが、威厳があります。空の王者のはずです。
上空に猛禽類が悠々と飛ぶ姿や、小型の猛禽が草原上空でホバリングし、やがて獲物にむけて急降下する姿など、しばしば見かけました。
おそらく微妙なバランスの上に成り立っている自然、乾燥地の草原の世界なのだと思います。
世界中で砂漠化が進行しているという話を聞きます。モンゴルでも草原が減少しているとか、生物が減少しているとかいう話もききます。
乾燥地帯というのは、扱いに難しい地域なのかもしれません。
人類の過去の失敗に真摯に学んで、対処していってほしいと、心から感じてきます。

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          オオカミは増えているそうです。家畜を襲うため
    捕獲すると賞金が払われるそうです。
    毛皮はお土産としてデパートでも売られていました。
    彼らは地表の生態系の頂点に立つ生き物です。   
    野生を感じさせる生き物たち・・・・彼らと共存できる道をつかんでほしいです。
 

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