2018年11月5日月曜日

インフラ観光 もうちょっと考えてほしい

秋の野道  短い秋を楽しむ


刈り取られた稲の切り株から
ちょこっと葉が伸びています。

リンゴ畑では 真っ赤な実が
 たわわに。

 山すその道端には、ツルリンドウの赤い実 


インフラツーリズム ですって
 紅葉の吾妻渓谷はダム建設中、「今しか見られない、今だけ」と見学・観光売り込みに猛烈な力が入れられています。”コンクリートから人へ”と、ダム建設は一度は減るかと思われましたが、猛烈中な巻き返しといいますか、各地でダムの宣伝が華やかで、観光も促進されています。
 国交省がこれだけは絶対やめないと言われた八ッ場ダム、今、ちまたでは「八ッ場ダムがすごいんだって、いちど見たいね」などという言葉を聞きます。ダムカードやらダムカレーなどと、「子供だまし」と思ったものも、人気のようです。これを考えだしたのは国交省の女性職員だとか。毎日の生活や子育てを通して、人の心の動きを知っているのかもしれません。。
   ここの歴史を少しは知ってるものにとっては、やりきれない思いがしてきます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 今日の朝日新聞に「インフラ観光 合理性超えた感動」という見出し。
「ダムやトンネル、橋などインフラに萌えるのは、もはやマニアに限らない。愛好者は広がり、国や自治体は観光のため施設を開放する。インフラツーリズムを積極的に打ち出す」
「爆発的にSNSが広がり,映える写真が撮れますから」
「”インスタ映え”することなどからテレビや本でも特集されるようになり・・」
「やたら大きかったり、自然と共存していたりするインフラに、みなさん合理性を超えた感動を覚えるんじゃないでしょうか」
・・さらに 「僕らの税金どう使われているか知る機会になりますね」
            ~~~~~~~~~~~~~~~~

 インフラに関心を持つことは大切なことだと思います。縁の下の力持ちで私たちの生活を支えているインフラ。自分たちの生活を支えているものを知ることは、とても良いこと。これらが多くの人の日々の努力で支えられていることもわかってくれば感謝の気持ちも湧きます。あって当然の当たり前のことじゃない、と。
 でも、この新聞記事のあまりに手放しで大規模土木事業を礼賛するようなおめでたさは、いただけない。
 例えば八ッ場ダムはいったい、あの巨額のお金を”役に立つこと”に使っているのでしょうか。巨額のお金が動くとき、それに群がる人たちはいるわけですし、ムダな投資ではないか、常にそこを見なければいけないでしょうに。時には無駄どころか、負の遺産になるのですから。
ダムさえあれば洪水は防げるという、子供だましもやめてほしい。
西日本での大水害も、洪水防止へのダムの役割が限られたものであることを示しています。ダムに巨額の資金を投入してしまい、他へお金がまわっていかない現実。防災に役立つことであっても。税金がどう使われているか…巨大なものをつくって素晴らしい、と思うだけでは、まるで子供、私たちも子ども扱いされています。

 以前切りぬいていた新聞記事が、たまたま出てきました。2011年の、これも朝日新聞に載っていたものです。
これを書いた方はどんな方だろう、会ってみたい、そう思いました。こんな人が友達だったら、どんなに素敵だろうかと。 紹介します。

------ 湖底の故郷 郵便番号残る -------
 「ほう、あなたの本籍地は二川村小童谷(ふたかわそんひじや)。湯原ダムじゃないですか」
 試験官にそう聞かれた途端、涙がボロボロこぼれてきた。あとは何も考えられなくなった。51年前、岡山県職員採用試験の2次試験の時のことだ。 
 小童谷は私の故郷。ダムが建設されることになり、12歳の時移転した。今は湖底に水没している。
 その後、湖岸を何度か訪れており、故郷の変化には慣れたつもりだったが、不覚の涙だった。氏名に続く本籍地確認の言葉で冷静さを失い、動転してしまったのだ。続けての質問にはしどろもどろ。結果は不採用だった。
 ずいぶん昔の話だが、あの時泣かなかったら別の人生を歩んだかも、と思う。
 数年前、市町村合併の際に、あのダムの地域にも郵便番号があることを発見した。
小童谷にあった家は全部水没しており、周囲の山にも湖岸にも、一軒も家はない。それでも,7ケタの郵便番号は付されていた。
 もしかして手紙を出したら届くかもしれない。まぶたの裏にある昔のままの故郷に。昔のままの子どもの私に。若いままの父母に。
 今年は近年にない大雪だ。湯原ダムの湖面にも雪は降り、周囲の山は厚く雪をかぶっているだろう。
春になったら久方ぶりに訪れてみよう。若芽吹く故郷の湖岸を。
 (岡山県真庭市 福島 久子  農業 69歳)
     --------------
   (岡山県真庭市・・・今年の豪雨では大丈夫だったのでしょうか)

 以下は建設省河川局OBの話ー
 「利水だけでは水没住民を説得できない。治水を加え、多目的ダムにすることによって、水没地の皆さんが立ち退いて下されば、下流域の多くの住民の命が助かるのだと説明する。八ッ場ダムは利根川流域一千万人以上の命を救う施設ということになっている。実際の治水効果は疑問。」

 ”多目的ダム”・・・記憶に残る言葉・・・小学校のころ、こんなにいいことがあるんだよと教わったのを覚えています。へえ~ すごいなあと思ったものです。当時ダムは電力需要を満たすのに重要だったでしょうし、そのうえ命も守るなんてと、素直に思ったのでしょうね。50年もたつと、いろいろなことが起き、様々なことが見えてくるものです。それでも十年一日のごとく、同じ説明が繰り返され(十年どころか、50年以上なのですけれど)・・・それが通っていく・・
~~~~~~~~~~~~~
 誘われて、映画を見に行きました。
長崎県川棚町こうばる地区に建設されようとしている石木ダム、これに反対し,住み続けている13世帯の人たちの日々の暮らしとダム反対の活動。ひとつの家族のように暮らす人たち。のどかな山里の暮らしに見えるのに・・・涙が出てきそうでした。

 1962年にもちあがったダム計画は事業主体は長崎県と佐世保市。ダム目的は利水と治水。 ここでも水需要は年々減少し、流域面積の小さい川のダムが、いったい治水にどれほど役立つのか…必要なのか・・・つい先日、長崎新聞の記者が八ッ場を訪れ、ダムについて批判の目も持って取材していったそうです。長崎新聞にかなりのスペースを取った記事としてのりました。石木ダムへの関心からの取材でしょう。




 私が見た高崎の映画館での公開はもう終わっていますが、どこかの会場で公開があったら、ご覧になりませんか。ネットに公開予定が載せられています。
ーーーーーーーーーー

 こんな話、「感情に流されているだけじゃないか」という人いるでしょうね。
昨日、たまたま見たNHKの番組「未来塾・Fukushimaから考えるニッポンの未来・
池上彰エネルギー街道をゆく」という番組でも、大学生たちがそういっていました。
 大学生・大学院生6人(エネルギーに関心の深い理系学生、理系じゃないひともいたかな?)と池上さんが1泊のバスツアーで福島を旅します。これからの日本を支えるちょっとエリート的立場の学生たちかもしれない。
 最初考えを聞くと、みなさんエネルギーの主力は火力発電で、原発も必要といったものでした。何しろ日本では、若くなるほど原発は必要という比率が高くなります。反対は、60代以上で一番多いという感じです。
 大正時代の水力発電施設・福島第一原発の現場・原発で家に帰れず避難している方にお話を聞く・作物の土地利用も取り入れた地域で使う太陽光発電施設など、あちこち見てまわり討論する番組。
 大学生たちは、自然エネルギーでは不安定で安定して需要を満たせない、国内の安定供給のためには原発は必要といった論理を実に巧みに述べていました。福島原発での廃炉作業も、きちんとしたシステムでやられていて素晴らしいとか・・・何かをやるには全員の同意は得られないものだし、誰かが犠牲になるものだとも。いや、びっくり。ものを考えるとき、ここからスタートしていくのはちょっとどうかな、と思ってしまう。「自分は犠牲者の中には決して入ってないのだろうなあ。いや、その時は私は清く犠牲になりますというのだろうけれど・・・ふと「お国のため」という言葉が頭に浮かんできてしまいました。
 池上さんもさすがに、まず命が大切なのじゃないですかとか、それは抽象的に考えているだけだよ、とか、上から目線で官僚みたいだねとか、たしかそんなこと言ってたなあ。
 とはいえ、バス旅行の終わりころ、それぞれエネルギーについての考えが変わってきていました。原発は大切という人も、もちろんいましたが。でも、たった2日でも、それぞれ考える所はあるわけ。いろいろ話し合って、いろいろ知るって、大切だなあ、と思った次第でした。

 インフラから、生活の基礎を支えるエネルギーのことに思いがつながっていきました。
安心して生活でき、食べ物にも困らず、そんな「普通のこと」って、本当は普通ではなくて、大変なこと。
 炊飯器などなくてご飯は火で炊き、高度成長時代を経験し・・そんな世代と、スマホがないと生きていけないという世代にはギャップはあるでしょうが、「電気製品なんて何もなくたって生きていけるよ」と言えるのは、強いかも、などと、また若者にいやな目で見られそうなことを思ったりしていました。
 




0 件のコメント:

コメントを投稿